第1008回 京都ブライトンホテル 京都銀行「京友会」 講演

 約25名90分→70分。2系統合一。落語なし。
 今回、パワーポイントを完成させた後に、パワポ使用不可とのご連絡を受けた。これは「表現舎はパワポに頼りすぎるな」というらいむ師の平素のご指導が、見えざる手により結実された形で「おお、ここで来たか」と正直驚いた。全ては御心のままに。このパワポ中止に意味があるのだろう。それもいい。
 開演が20分ばかし押した。内容はかなりはしょったが、お伝えしたいことは全て言い放った。パワポに従っていたならば泥沼にはまる展開だったろう。合点がいく。このためにらいむさんと主催者様を通じて配慮は行われしか。気づく。深謝。
 支店長様、以下主催者皆様は実に丁寧かつ楽しく応接下さった。参加者皆様に1、2行何事かをお持ち帰り頂けたとするならば喜びである。終演退席。支店長様の丁重なお見送りに恐縮する。
 
 久々の京都入りということで、一八兄との面談を企てる。
 この日、一八兄は珍しく「ウチに来い!」と宣った。あの恐妻家であらせられる兄がご自宅へのいざないで僕を歓待してくださる!有り得ない。僕は京都の街の夜空を見上げ驚愕した。
 だが、考えてもみてほしい。兄は、大恋愛の末にご結婚なされた奥様が、史上最大級の強妻閣下だと気づき、その迫害に難渋せられたる後、実に3人ものお世継ぎをもうけられたのだ。3人分の皇子を出生させるに費やされたご夫婦の情愛は、あの大奥様閣下をして柔和な観音様へと変貌せしめたに違いない。
 いわば、僕は、仕事に精出すキー公を川遊びにかい出す清八のようなものである。その脛っぽに齧りついてやってもおかしくない、憎っくき(それも風呂敷包みをせたらってウロウロしている何しているかわからない)清八風情をご邸宅に迎え、心尽くしの手料理で一献、旧交を温める会をしつらえて頂けるとは!ああ、まさに隔世の感がある。
 兄は最寄りの駅で僕をお迎え下さる。
 「家はこっちだ」
 兄は僕を自宅方向にぐんぐん率いて歩いていかれる。見覚えのある通りにやってきた。自宅を確認する。
 「あ、おウチは、その5軒先ですよね」
 「そうだ」
 僕はイメージトレーニングする。奥様に丁重にお礼を申し上げ、お仏壇にお参りして、子供達を誉め、手料理に舌鼓を打つ。酒は程ほどにしておかなくてはならない。久方ぶりに会う女房閣下のご面前で酒しくじりは最も慎まなければならない。褌の紐を締めた。
 「あと3軒ですね」
 「そ、そうだ」
 兄が立ち止まる。唇から色が失せ、薄い紫色になっている。左のもみ上げの先からツーっと汗が一条、頬に伝うのが見えた。
 「前からこの店に行きたかったんや」
 兄はそういうと、突然、自宅から3軒手前のこじゃれた立ち飲み屋に僕を押し込んだ。
 「じ、自宅は?仏壇にお参りをして、子供を誉めないと…」
 哀れなり、イメージトレーニングを重ねた僕の計画は脆くも崩れ去った。
 「いや、嬶(カカ)が…。」
 兄は言葉にならないうめき声を上げながら、立ち飲み屋の奥の、通りから見えない角っこの位置で、立て続けに強烈な酒を煽った。
 見よ、一八兄は、今も、私ら同様の恐妻家でいらっしゃった。変わらないことはある意味気持ち良い。違和感がない。これでいいのだ。否、これがいいのだ。
 僕も、シンデレラのように最終電車の時間にびくびくしながら、チラチラと浮かび上がる妻の顔を頭を振って消し去ると、兄に「この農奴のような生活はいつまで続くのでしょうか」と問うて濃い酒の杯を重ねた。兄は「チリの炭鉱労働者は700メートル地中の暗闇の中で難渋しておるが、4ヵ月後には救いがくるではないか」と羨ましげに天を仰いだ。
 この夜、二人が悪酔いしたのは言うまでもない。