第970回 「はやぶさ」報道におもう

あいけい【愛敬】(名)愛情深くして礼儀厚きこと。− 金澤庄三郎編『廣辭林新訂版』三省堂発行(昭和12年1月25日新訂第360版)より引用。
 
おたな引札寄席では、実に不思議なことがあった。日誌の既述を年表形式で追う。

  1. 2008-10-11 「第580回 箕面小学校区敬老会他」にあるイベントで落語をする。
  2. 2008-10-19 「第588回 吹田市山田の亥子笑う亭出演」にあるように(仮称)三味線津軽女史と出会う。
  3. 2008-10-25 「第594回 池田産業祭出演と覗きからくり」で覗きからくりを歌う彼女とまた会う。

 
 それ以降も、おたな引札寄席で情宣していると彼女が前を通ることがあって、何度か挨拶を交わした。またある時、彼女がどこかの会合をプロデュースしなければならない場面があるので、私・乱坊に何か話してほしいと頼まれたが、この人ならできる、と確信したので、「三味線をなさってることや福祉のお仕事の話でのご労苦などをお話ししてみてはどうですか」と勧めたことがある。そしてその後お会いしたら「うまく行った」とのことで喜んだこともあった。
 昨日のおたな引札寄席の終演時、猪名川亭風鈴さんのお客様方とお話しする機会があった。その中に「彼女」が居た。三味線津軽女史だった。
 風鈴さんとお客様、そして三味線津軽女史はご友人であった。それも落語ミュージアムの研修生として同僚であったらしい。知らなかった。私も含めいわば同好の士であったわけだ。
 世の中はつながっている。恐ろしいほどつながっている。導きか。少なくとも偶然ではない。
 
 引札寄席の打ち上げは早々に切り上げた。この日は我が母校後輩諸君らによる落語大学の学外公演があった。
 むろん、OBらは集まり大盛り上がりになっていることであったろう。しかし、私は行かなかった。行けなかったのだ。愛敬する「はやぶさ」嬢のご帰還が迫っていたからだ。
 10時半頃に自宅に着いたと思う。少々酩酊しておったので記憶は定かでない。
 この件に関しては寄席の同演であった高丸君が非常に詳しく(彼の研究室か隣室だかがイオンエンジンの研究をしていてその仕組みを詳しく説明してくれた)、彼は先に自宅に帰り、「はやぶさ」嬢とカプセルの大気圏突入に関する中継の下調べをしていてくれていた。
 ニコ動、和歌山大学、宇宙開発機構などのホームページで実況があるとは聞いていたが、その通信状態などをレポートしてくれた。そのとき彼は不気味なことを言った。「テレビがほとんど一切報じません。完全にスルーしています」と。
 そんなバ、バ、バ、バ、バカな!などと驚くような僕ではない。前前日に書いた拙文中で「本邦の既存メディアらは、連日連夜、日本の偉業である『はやぶさ』一色となり、国民が待ち望む真に伝えるべき情報として、実況に近き形でその旅程や状態を映し出し続けているであろうことを想像し、マスメディアの本義、ジャーナリズムの真価をここぞとばかり、画・紙面一杯に繰り広げていてくれていることであろうなあ。(『乱坊の陣中日誌兼戦闘詳報』第967回「奉祝!小惑星探査機『はやぶさ』嬢ご帰還」)」とあるのは、真面目なフリしてジャーナリズムなどと大層に標榜するマスメディアへの最大の皮肉である。
 これまでの無視さ加減にある程度予想はできたが、しっかし、本当に完全スルーに近き姿であるとは思わなかった。
 我らの世代というのは、大阪万博で未来に憧れ、鉄腕アトムの再放送やリメイクを見、宇宙戦艦ヤマトに涙を流し、機動戦士ガンダムに心を踊らせ、スターウォーズに何度も通い、アシモフ銀河帝国に酔い、COSMOSに興奮し、ボイジャーを見送り、NASAソ連主導の宇宙開発に臍を噛み、H2Aロケットの打ち上げ成功にあれだけ喜んだではないか、実際、僕もあのH2Aの記念キャップは長らく被っていた。
 マスメディアに居る者の中でも、同世代のものはきっと同じ想いだったろうと想像する。四、五時間ブッ通しの「はやぶさ帰還記念番組」を選挙速報番組のような感じでやりたかったであろう。何度も何度も折れそうになった帰還の可能性を知恵を出し合って方法を模索し、機械がそれに応えてくれる。機械ははるか遠い宇宙で奇跡的な大偉業を成し遂げる。幼い頃に夢見た未来が今現実となっていることを確認したかったろう。彼らは、ロボットや宇宙に憧れた理系の研究者はもとより、(文系の)著述や報道で身を立てる者らにおいても、ここを先途と喜びを表現したかったはずと信じる。
 それを阻害する圧力があるのではないか。あのBBCをして人類の偉業と称賛せしめ科学報道番組で専門家が興奮して語っているのを見た。アメリカ航空宇宙局はアポロ月着陸以来の大成功とこのミッションに関心を寄せている。予算は彼らの10分の1しかないのだ!なぜこの国家的偉業を日本のマスコミはスルーするか。
 1に、日本国民はそんな科学技術の進歩に興味関心などない、とマスコミが考えているならばそれは大間違いである。帰宅し、上に書いた何れの実況サイトもわが家の脆弱なる接続環境ではアクセス不能なほどに接続が集中していた。たとえサンテレビテレビ大阪一社であってもブチ抜きで科学報道特別番組を行っていれば、視聴率はワールドカップの漫然とした中継の比ではなかったと確信する。またそれらは子供らに夢とロマンを与え、後に続く世代を生む優れた報道となったはずだ。
 2に、科学技術の進展が愛国心を高める可能性があるからアジア諸国に配慮して報道を抑えているなどという憶測が巷間に満ちている。その要らざる配慮が民衆をして報道への信頼を失わせしめ、現在のテレビ・新聞の商業スキームの崩壊を招いているのであるから、もし本当にそうなのであれば、民衆は、かかる偏った報道に広告を出す企業をより胡散臭く感じるという悪循環から逃れることが出来なくなり、来期以降も今期同様、日本経済の低下以上に広告収入の低下を防ぎえぬことになろう。
 3に、周辺の者が耳打ちするに、事業仕分けした先が偉業を成し遂げることは政権与党にあってはならんことであるから、成功を極力報道するなという圧力がかかっている、などという良からぬ噂話をまことしやかに囁く者もいる。所詮権力の中枢に居らぬ口性ない大衆のほざく戯言であるから傾注するにあたわぬ一笑に付すべき類の陰謀論であるが、このマスコミのスルーぷりを見ていると、そう世間に考えられても仕方ないほどの権力への惨敗ぶりに見え、これら噂が蔓延すればするだけ、2で述べた信頼喪失への拍車がかかる。
 いずれにせよ、僕たちは仕方なく知りたい情報をネットで必死に探し、7割の嘘と3割の真実を選り分ける訓練を余儀なくされ、来るべきマスコミ崩壊時代の後に来る、情報自己収集の時代の到来に備え鍛えられているのである。
 JAXAのビーコン追跡班の方だったかの名文に泣いたな。探し出して見るのに大層苦労したけど、君の地球のラストショットは保存した。娘らに語り継ぐよ。
 
 おかえり。