第1305回 旭区社協いきいき教室(太子橋連合会館)

 [26日朝]昨夜は妻子TDLバチェラー最終日。住吉屋のあと学校土産にもらった寿司に、帰り買った鶏皮でネギ大量に鶏皮ポン酢、焼酎一合やる。炬燵で充分に暖まると、勢いつけごみ捨て、掃除、台所洗いを済ませ完璧と淑女らを迎う。迎えた妻が鋭く言い放つは「洗濯は?」という乾いた5文字。
 [26日午前]午前勤。ホテル回り、ルートチェック、コッター兄同行。車走らせチェックしながら論議し続けたのは「雌セントバーナードを片想いした雄スピッツの悲哀」。『ロミオとジュリエット』より数倍切なくやるせない話となり、世界のハーレクイーンたちに溜め息をつかせることだろう。
 [26日昼]太子橋今市松屋で牛丼並。とにもかくにも時間がない。入店6分で会計して出る。ほとんど飯は行動食となっている。スカウトの隼遠征キャンプとかの方が、まだゆったりとした食事の時間があったように思う。いまや単なる口から入れて尻から押し出す管である。走っていく。
 [26日午後]旭区社協いきいき教室(太子橋連合会館)。講演と落語、茶話会。90分30名。難しいお顔して聞いておられたお母さんが、終わって僕の似顔絵を彼女が描いた紙に、僕の署名を求めてこられる。お年はほぼ僕の倍。真心込めてサインする。個として、面として元気を賜るのは、この僕である。
 [26日夜]きらら姉、愛$兄と天王寺痛飲。結局最後は落大の話。年次長として最初に入部した僕の「つる」が、年次で一番最期に上がったのは理由があった。増長させてはならぬとの教育配慮だった。当時、僕は実技学部長愛$兄に「もう、どないしたら上げて貰えますねやろか」と半泣きで聞いたという。