第1227回 鳥が好き

 別に高級な鳥を好むのでない。ミソザザイ、インコ、オウム、ジュウシマツ、セキレイクジャクなどの野鳥や観賞用の鳥にも一切興味はない。またアホウドリやキュウイなど絶滅危惧の希少な鳥にもまったく関心ない。
 だからといって鳩やそれらが象徴する平和にすら、何だか背後に蠢く薄ら寒いプロパガンダが見え隠れして、70年代に初等中等教育を受けた身としては「何だかうさん臭えなあ」と思っちまう。また雀やツバメなぞは鞄や車に糞を落とされるので、どっちか言うと嫌いである。
 
 私の言う「鳥」は厳密に言うと、鳥類全般を指す鳥ではない。鶏(ニワトリ)であり、カシワだ。牛のビーフ、ピッグのポークに相当する、鶏の戒名・カシワである。
 カシワはいい。私はひと度、鍋のことを考えると、10のマイナス10の7乗秒ほど刹那で「カシワ!(ハート)」と脳内で直結する。
 そりゃ牛、豚のしゃぶしゃぶなんかも食わんこたぁないが、自らの発案で晩飯を作るなら九割五分の割合でカシワを買う。唐揚げや塩焼きにもするが、これまた九割五分の割合でカシワの水炊きにする。
 銘柄にはこだわりがある。定番ともいうべき私のお気に入り銘柄がある。浮気はしない。「ブロイラー」である。これに限る。
 名古屋コーチンとか、名だたる地鶏系の高級鶏も世にはあると聞く。しかし高い。エライ違いだ。切ないくらい安い。
 この彼らの名誉の違いは、単に現代社会での手に入りやすさだけの問題である。
 金は世界に50メートルプール二杯分しかないから高価なのであって、もし海岸の砂浜がすべて砂金の星があるなら、金は地球の砂ほどの価値しかない。またダイアモンドが高いのも、鉛筆の芯より硬度が高いだけで元は炭素であり、芯と違うのは入手が困難なだけである。NASAが見つけたダイヤモンド惑星ではシャーペンの芯一箱で生涯遊んで暮らせるだろう。
 安いのは現在この星でブロイラーが多いだけだ。
 多いということについて見方を変えるならば、人為的な働きかけがあるにせよ、その勢力(兵数)の最大藩図を誇っているのは、ブロイラー帝国なのであって、コーチンら高級を気取る鶏群は小国に過ぎぬ。
 遺伝的、生物的にもブロイラーは安定的量産型なスペックを持つ市場を席巻することに特化した種族と言える。上位捕食者にただ食われるためのみに存在するその悲しい宿命を帯びながらも、最強国の王者の風格を醸し出している。
 見よ、いくら食っても、平然とショッカーのように次々に切れ目なく店頭にならび続けるあの様は、まさにデファクトスタンダードの最たる物であって、私は世界のカシワ需要を一手に引き受けるブロイラー種族に尊崇敬愛の情すら感じている。
 またあの味がいい。本来、肉、すなわち、欧米列強的な脂ぎったたんぱく質のくせして、ブロイラーは過度な自己主張をせず、あたかも教室の片隅にあの頃確かにいたはずの、名前すら思い出せない三つ編み姿の可憐な同級生のごとく、いなかる料理にも笑って静かにそこに座っていてくれる、感があるではないか。
 それでいて成長促進剤と加水でぶよぶよのブロイラーは、私を十分に成長促進してくれるのだ。
 
 私は、股肉を好まぬ。むね肉を好む。不必要な脂分がなくさっぱりとしている。これがより可憐さをより演出する。
 なにしろ量が食える。高級すき焼き霜降り肉が、2切れも食えばお腹一杯になってしまうゴージャスなラテン女との豪遊生活とするならば、ブロイラーのむね肉は、東花園あたりの文化住宅で前述可憐少女と質素に暮らす神田川バリの幸せ噛み締める生活である。
 皮や脂が少ないではないかとお嘆きの貴兄には、皮のみ別売をお買い上げ頂くオプションもある。皮は100グラム40円位、食べ物の値段じゃない。
 鍋にして食う。ミツカン味ぽんだ。部の創設者・三枝師匠の忠だ。
 娘などは私の鍋に付き合わされて、昨今では「ええ若いもんがカシワばっかり食てたら肉離れ起こすわ」などと堀川の喧嘩極道のごとき言いをする。「牛とは言わないけれど、たまには豚食わしてくれろ」と生意気なことを言う。妻はあからさまに「また鍋!また鶏!」と不服げな顔をする。
 バカなことを言うな。鍋シーズンは始まったばかりである。春先までこんな日が延々と続くのだ。覚悟しろ。