第1186回 千林ビッグサマー抽選会MC 中日・千秋楽(千林商店街)

 現在、本日誌は時間軸に相当のブレを生じている。これは「まとめ書き」の際に現れるいつもの症状である。読者はこのブレをものともせず読み進める豪胆さが必要だ。あなたが今読んでいるこの日誌は、7/1および7/4の条である。
 千林商店街は、大阪でも有数の繁華な商店街である。余談となるが、大阪で生き残る賑わいある商店街には共通点がある。それは二つの鉄道駅に挟まれた両駅間の通路的色彩のある商店街であるという点である。その典型がここだ。読者は他の繁華商店街を思い浮かべてみるとよい、思い当たるはずだ。
 その大阪有数の商業集積で、アーケード全館の一斉放送のマイクを握れるというのは、声だけ、口だけで生きていこうと決意した表現舎にとって大きな喜びである。関係各位にお礼申し上げたい。
 友川氏ご差配のもと、イースタイルの若い諸君と抽選会場ブースでお客さま方と時空を共にする。日計数千、出演日計数万のガラポンの抽選者、そしてその数倍になるなんとする通行者に声を飛ばしてお声掛けする。生きていくためとはいえ楽しいものである。
 ブースの若いスタッフ諸君らと汗を流していると、僕ももっと若いときから表現舎となっていればよかったか、という想いが去来することもある。しかし僕は、即座に頭を振って一人その邪念を否定する。
 そうではない。40の折の病と失望に陥り、導きによる気づきと決心によって自身の使命に思い至り、それまでの社会観、人生観をベースとして、音連れたパラダイムを実証すること。他者には全く意味のないようにみえるこの行いに没頭できている。40までの時間と思索や疑問があったからこそ、現在の表現舎はかかる状況においても発狂を免れ、口糊できているのである。若いころの浅薄な(今もあまり変わらんが)僕の存在を用いた、この大いなる実験というのはちょっとイメージできない。
 見えざる手を見る。本イベント請負は2社のコンペであった。その2社の双方から出演日程を指して頂いた。すなわち、いずれの請負となっても僕はここで喋れることになる。生涯かけ出しを自負自認する哀れ表現舎にとって、この計らいは真にもって栄誉なことである。
 ここには、わが部の先達・クールさんの果たした役廻りは甚大である。彼は今期から商店街振興組合の理事長に推挙、就任されたと聞く。乱坊の、道にあるを常に気にかけて頂く恩人の一人である。
 これら巧妙かつ緻密に張り巡らされた必然の連続は、観測者をして、あたかも「網」の上にあるがごとき妙を感じさせる。すべては見えざるご計画のもとにあることを感謝する。
 
 こんなことがあった。思い出深いので記録しておく。僕と同じくらいの年代の奥様であった。千林でお買い回りされ、一回分の抽選券をもらってガラポン抽選会場にお越しになった。
 「どうせ当たらんわ」と笑顔で彼女は言った。当たったことないもの、と。
 僕は、彼女が少しく現妻に似ていたので、親しみを感じた。
 「あなたに当てて頂くために朝から待っていたんですよ」
 「ハハハ、頑張ってみるわ」
 彼女はガラポン抽選機を回した。ポトリ。出てきたのは、白玉。はずれ、カス、末等の50円商品券だ。
 「あーあぁ」
 残念でした、と叫んだが、僕は、この人ともう少し話していたいと切に感じた。なんだか胸騒ぎがしたんだ。
 「不思議なんですが、なんかほんとに当たるような気がします、もう一回来て下さい」と言った。
 普通の人は社交辞令だと思うだろう。でも彼女は違った。
 「私もそんな気がする」
 彼女は近所の店で買い物して、もう一回ガラポンできる券をもらって5分後に再び帰ってきた。その間にも何人も抽選機を回している。
 僕はうれしかった。彼女は僕をしっかと見つめ、胸の高鳴りを静めようとしながらゆっくりと言った。
 「『現金つかみどり賞』を当てたいの」
 「当てましょう。ゴールドの玉を出して下さい。僕も本当に当たるような気がします」
 「ええ、私もそう思うの。だから帰ってきたの」
 雑踏の中で見つめあう。周囲の音が消える。僕はその時、瞬時に彼女に恋をした。
 「回して下さい。『現金つかみどり賞が当たる』と声に出して感謝してから回して下さい」
 「わかったわ。現金つかみどり賞を当てて下さい。ありがとう」
 言ったあと彼女は深呼吸して抽選機を回した。ポトリ。玉の色がわかった。ゴールドの玉だった。感じた胸の高鳴りの意味もわかった。本当に当たると信じたのだ。お互いウワーも、キャーもない、鐘を鳴らすのも忘れて、僕と彼女は見つめあった。
 「…ほんまや」
 「…あ、当たった」
 僕は、この人とならどんなことでもできるような気がした。彼女は千円札が風で飛び舞う「現金つかみどり機」に腕を突っ込んで、10000円を掴み出していた。
 「こんなこと、ほんまにあんねんな。ありがとう」
 彼女はぽつりとそういうと、千林の雑踏の中に消えていった。名前も知らない。もう二度と会うことはないだろう。
 だが、帰り際、一度だけ僕の方を振り向いた彼女の顔を僕は忘れない。彼女にとっても強烈な思い出となったはずだ。
 
 娘らよ、聞け。願いがあるなら、感謝とともに口に出して言葉で宣言なさい。
 彼女はガラポンを回す前に言った。「現金つかみどり賞を当てて下さい。ありがとう」と。
 父もかつて表現舎となる前に言った。「ありがとうございます。私は今日から表現舎です」と。その瞬間から周りの人が、世界が表現舎として扱いだしたのだ。銭金は別の次元の話だ。餓死することはない。なんとかなる。
 そうだ、君が言葉に出したとき、願いはすでに成就している。