第1178回 西成区社協いきいき教室(津守老人憩いの家)

 6/16のことである。
 
 三周目の西成では、年一回の訪問であっても、特に印象深い会場がある。津守の会場は、まさにそれらのうちの一つである。
 
 初年度の6月、はじめて会場に行ったとき、推進委員の女性の方は僕に興奮気味にこう言った。
 
 「昨日、この会館に、泥棒が入ったのよ!」
 
 犯行は深夜。玄関のカギを壊して内部に入り、この「老人憩いの家」の炊事場で体を洗い、扇風機とクーラーを全開にして涼み、ソファーを動かしテレビを見て、現金を3000円ばかし朴って帰ったそうだ。すべての引き出しという引き出しが開け放たれ、押入れから枕棚、天袋まで物色されていたという。
 
 二年目。一年後の6月に再び行ったときは、前年の泥棒の話で皆と大いに盛り上がったが、なんとその数日後、犯人は、今度は格子の入った窓のカギをあけて、格子の少し空いてるすき間から内部に侵入。またもや夜中に「老人憩いの家」で存分に憩って帰られたらしい。このときは、ピンポイントでお金の入ってる引き出しだけを開けて現金を窃盗していることから、前年と同一犯の犯行と推理されている。
 
 そして今年、三年目だ。お客さま皆さんは僕がまたやってくるということで、皆で言ってたそうだ。
 
 「乱坊ちゃん来るから、また泥棒入ったりして」
 
 僕が行く前日の朝、だ。
 推進委員の方は玄関付近をみて目を丸くした。溝蓋にかぶせてあった鉄板(かなり大きい)が跡形もなく無くなっていたのだ。盗まれたのだ。
 僕もよく知っているからわかる。大きな一枚物の鉄板だ。あんなものを通りすがりや、思いつきで持って帰れるものではない。随分と綿密な計画や、周到な準備が必要であったろう。
 
 ここで賢明なる読者は気づくであろう。完全に僕の訪問日程と、犯行はシンクロしているのだ。一年のうちで、プラスマイナス数日で3年にわたり3度、他人の犯行と、僕の訪問日程が一致する確率は、10のマイナス40乗のオーダーを割り込んでくる。少し計算してみればわかるはずだ。
 この確率をわかりやすく説明してみる。僕が指で水平に飛ばした鼻糞が、第二宇宙速度を超え重力圏を脱出、惑星間でスイングバイを繰り返し、地球公転軌道面をショートカットして、半年後に再び地球に接近、公園のベンチで上向いて寝てた僕の鼻の右穴に見事スポッと入っちゃうくらいの確率である。むろん、計算上の鼻糞の運動エネルギーは甚大なものとなっており、このナイスシュートで、僕が瞬間的に昇華してしまうのはもちろんのこと、北半球全域が地殻津波で壊滅するであろう。しかし、まあこんな確率、ほぼ、あり得ないと考えていい。
 
 天文学的にレアなケースであることには普通、皆が気づく。その一人、推進委員の女性は、笑顔で僕に尋ねてきた。
 
 「乱坊さん、今日着ておられるのはいい浴衣ですね」
 「ありがとうございます」
 「ウチの旦那がね…」
 
 この「旦那」という部分を「カミさん」に変えれば、完全に『刑事コロンボ』だった。
 
 「…ウチの旦那がね、浴衣は涼しそうに見えて本当は暑いなんて言いますよ」
 「ああ、そうですね。熱いです。浴衣を着てると、汗身泥になって着替えたくなりますね」
 「そうでしょうね、ところで乱坊さん、何枚ほど浴衣をお持ちですか」
 「2枚です。ハハハ、僕はそんなに衣装持ちではないのでね」
 「今日着ていらっしゃるのはそんなに古くないようですね。それをいつ買いましたか」
 「えっと、たしか2年前の6月です。もう一枚のは去年の6月でしたね。二枚とも、ここへ来てからしばらくして買いました」
 「ほほぉぅ、それはあれらの事件があったころと同じ時期ということですね」
 
 僕は、何かまずいことを言ったかな、と思った。彼女は続けた。
 
 「あ、そうそう。もうひとつだけ、教えてほしいんですが」
 「ええ、何なりとどうぞ。なんでも協力しますよ」

 彼女は、火のついてない葉巻をくわえ直して聞いた。

 「ありがとう。乱坊さん。ところで、昨日起こった今年の事件ですが、鉄板を盗むというのを聞いて、どう思いますか」
 「そりゃ大変でしょう。あんな重たいもの盗むだなんて、何か目的がないとなかなかできるものではないと思います」
 「そうでしょうね、ところで、乱坊さん、犯人にどんな目的があったと思いますか」
 「さあ、わかりません、僕は犯人ではないのでね。しかしまあ、何か鉄板を使わなければならない理由があったんでしょうな。でも、僕にはトンと見当がつきませんがね」
 「そうですか。いやぁ、ウチの旦那がね、いつもよく言うんですよ。『今日の晩飯はなんだ』って。仕事が終わったら必ず電話で聞いてくるんです」
 「微笑ましいですなあ。仲良くていらっしゃる」
 「そんなことはありません。ところで乱坊さん、昨日の晩、あなたはどこで晩ご飯を食べましたか」
 「おやっ、刑事さん、アリバイを聞くなんて、僕を疑っているんですか」
 「いいえ、滅相もない。私はただ興味本位で、乱坊さんの行く店を聞きたいんです」
 「ふん、昨日は自宅ですよ。僕はだいたい自宅で食べるのでね」
 「失礼なんですが、鉄板が盗まれた日の晩ですね。鉄板が盗まれた晩、あなたは自宅で何を食べましたか」
 
 「鉄板焼きです」

 詰んだ。
 
 (逮捕シーンは中島みゆき♪「世情」で。)