第1170回 最高にハラショーなバースデイ

 「高野さん、高野さん」
 
 揺り動かされて僕は現実社会に引き戻された。最高にハラショーでキマリにキマッたまどろみの中を漂っていたのだ。
 
 「…。ん?ここは…、一体、どこだ?」
 
 薄目を開けて腕時計を見た。2011年5月27日午後2時57分。ああ、そういえば、今日は誕生日だったな。今、おれは何歳だ、いったい、おれはいくつになった?そうだ、45歳だ。もう45になったんだ。ふふふ、いい、おっさんだな。
 しかし待て。たしか誕生日の日は忙しかったはずだぞ。そうだ、午後3時から、関大でナビ嬢と「青菜」の稽古をするはず…。なのに、その3分前に、おれは何、横たわってまどろんでいるんだ?

 「高野さん、高野さん」
 
 誰が呼んでいるんだ?あ、思い出してきたぞ。そうだ!大腸検査だ。ガン検診だ。1時からの予約を入れていた。30分で終わると書いていたから、3時からの稽古を入れたんだったな。
 遅れまくりだ。後で謝ろう。しかしこれでは後のスケジュールがワヤクチャだぞ。稽古が終わったら午後7時からのPTAの地域委員の会議のはずだ。
 しかし、この病院はどれだけ待たせるんだ?1時15分ごろ、ストレッチャーの上に乗って、点滴を打たれた。点滴には鎮静剤が入ってるとか何とか言ってたな。あれを打たれたっきりじゃないか。
 薬の名前を言ってたな。なんやドリカムやら、風邪薬のドリスタンみたいな名前だったな(*後で調べると、ドルミカムとオピスタンだった)
 点滴で打った瞬間、口にフルーティーなフレーバーを感じるんだ。その後、グワンとハイになる。そこからの意識がない。
 
 「あ、早くやって下さい、時間が…」
というと、看護婦さんは
 「もう終わりましたよ」
という。何の記憶もない。
 僕はずっと昏睡していたんだろうか。
 「僕は眠っていたんですね」
と聞くと、
 「いいえ、メチャクチャ喋ってはりました」
とお答えになった。
 
 僕は気になっている。大腸検査は、ご承知のように肛門から内視鏡を挿入して検査する。今回、先生は男性だが、看護婦さんはお若い、美しい方だった。
 「メチャクチャ喋ってはりました」
と彼女に言わしめた僕は、一体、何を喋ったんだろう。
 彼女を話相手にリビドーなことを延々と口走ったのか、はたまた、世界の黒幕が震え上がるような僕の隠されたミッションのことをすべてくっちゃべってしまったのか。自分も知らない犯してきた凄惨な刑法犯罪、知り合いの隠された不倫理的性愛や性癖から、2CHでの昔使っていたコテハンまで、何もかも喋ってしまったのではないだろうか。
 オピスタンはモルヒネの1/8だと読んだ。自分で打ってるんじゃない。医療従事者から医療行為の一環として処方されている。違法ではない。
 たしかモルヒネは、ベトナムで腕を吹き飛ばされた兵士なんかに打つ、海兵隊の常備薬ではなかったか。大腸検査は3回目だが、2回目はポワンとなる程度だった。初回はノードラッグでやった。なんだ?だんだん増量してくれるサービスなのか?勝手に耐性ができているとふんで増量してくれてるのか?そして、次に大腸検査するときは、どんな目に合わせてくれるんだ?
 
 今度、結果を聞きに行く予約を入れている。そこで何を喋りまくったのか聞きたいような、いや、聞きたくないような、複雑な心境だ。

 お稽古は、腸内のガス(検査時に入れた空気)が抜けきれず腹が痛かった。脱兎のごとく帰って出席したPTAの会合では僕はまだ薄ら笑いを浮かべていた。最高にハラショーな45歳の誕生日だった。