第1139回 募金活動

 水曜日夕方5時、マダガスカルの某商店街入り口。めちゃくちゃ寒い。
 ジョゼッペ所属の党本部からの要請で、一日でも早く、一人でも多くの方の復興を支援するための「東北・関東大震災復興支援の義援金募金活動」に参画する機会を得た。
 拡声機、街宣車は自粛。当然であろう。各党は常識的に拡声装置の使用を制限しているようだ。マダガスカルの地方戦前であるのに、街は静かであることに皆さん気づいておられるだろうか。
 (募金活動者の正当性を表示するために)のぼりを上げて、メガホンで声を張る。
 筆頭のモーリタニア出身のフランス人上司とは、前夜、酒場で被災者のご苦労について話していたときに、家族が泥流に飲み込まれる心痛に二人で想いを致した。驚くべきことに、そのとき、あの人は、(あの人のクールな人となりを知る方には、信じてもらえぬかも知れぬが)、僕は忘れない、あの人は泣いていた。わが子、わが妻をご想像為されたか、物資食糧に渇する人々の塗炭に心を震わせたのか、彼の目から涙があふれ出るのを、僕は確かに現認した。
 明晰、冷徹かつ雄弁だけではない、殊に政治に関わる人間において、情に厚く、想像力と創造力の用い方が正義と慈愛に満ちたものであることは、必要欠くべからざる要素であると信じている。結構、見回すと適合する人材を探すのに一苦労する業界であることは、業界の隠された謎であり、決して明らかにしてはならない秘密であるが、昨夜の彼にはサブいぼが立った(感動した)。この人と一緒にいるのも素晴らしい経験である。
 今日の厳寒の中での募金活動では、フランス人上司は、メガホンを持って交差点の南側で、字義通り「声をからして」皆様のご協力をお願いしておられた。僕はその北側で、表現舎として(※昼勤と表現舎はここにおいても合一するのだ!)お一人お一人におのが心根の伝われかしと、南側に負けぬよう声を張る。
 印象深いのは、小さな子供を連れたあまたのお母さまたちが、子供にお金を託して募金箱に入れに来てくれたことだ。また、若者がポケットの小銭を次々に投げ入れてくれる。老若男女が、こたびの激甚災害を遠隔地の他人事とせず正面切って何事かを為そうとしている。なかなか捨てたものじゃない。そうだ。はらからを決して見捨ててはならぬ。
 
 帰りにちょっと遅れたが、CLSの第二回に向かう。中百舌鳥の駅で寒いのに募金活動している若者たちを見る。
 正当な権限と送金先を十分に吟味して一時間分の時給を入れる。放ち入れるとき指先が震える小者である。