第1105回 夢

 最近、帰って晩酌するとガクっと寝てしまう。思い切り爆睡するんだ。4年ぶりくらいに毎日車に乗っているからだろうか。お昼の仕事の疲れが溜まっている。
 
 夢をよく見る。今日のは割とはっきりしたものだった。記録しておこう。
 
 僕は、古びた温泉旅館の座敷に浴衣姿で独り呑んでいる。膳だ。鶏鍋と、カニミソや明太子が小鉢で。銚子が2、3本、膳の上に倒れている。そこでくいっくいっと既に燗冷となった酒をあおっているのだ。(嗚呼、こんな夢の中ですら情婦などとの秘密旅行をしていない、わが心の道徳律に天上を仰ぎ溜息をつく、残念なことではある)
 
 不思議な座敷だ。8畳ほどの間の約半分は露天風呂のように石が積んであり池になっていた。その残りの座敷部分に僕は座って飲んでいる。池は遠くにまで拡がっている。座敷は外とイケイケの構造になっているのだ。
 その池には沢山の鯉がいた。鯉に傍らにある紙袋からオカキを取り出し投げてやる。鯉は奪い合うようにそのオカキを食べる。面白い。これを肴に見ながらチビチビ飲んでいたのだと気づく。
 遠く目をやると、池の向こうには直径30センチ長さ3メートルもあろうかというような大蛇が水の中で鯉をバシャバシャ食い散らかしている。でも数十メートル沖合なので僕は恐怖を感じていない。
 
 突然、大蛇がすっと水中に姿を消した。僕は「ん?」と不思議に思ったが、銚子に残った僅かの酒を飲み干そうと手を延ばしたその瞬間だ。遥かな沖合から海亀がまっすぐこっちへ泳いでくるのが見えた。全長1.5メートル以上もある大亀だ。池に海亀はおかしいが、それはここでは言いっこなしだ。
 よくみると海亀は、大蛇の尻尾から半分ほどを既に飲み込んでいる。丸飲みするつもりなのだろう。大蛇は、甲羅に激しく頭をぶつけて応戦しているのであるが、甲羅は固く海亀は何事もないような顔をして、少しづつ大蛇を飲み込みながらこちらに向かって泳いで来る。
 そして僕のいる座敷(石積みの一部が砂浜状になっている)にズザザザーと乗り上げると、僕の1メートル横手で大蛇のラスト頭部分をじわりじわーりと飲み込んでいくのだ。
 大蛇は、先程まで傍若無人に鯉を食い散らかしていたのに、海亀に間もなく全身を飲み込まれるという理不尽に真に怯えた顔(特に目)をして、僕の眼前で海亀の口中に消えていった。
 僕は助けてやろうと思えば、海亀の腹を裂いて大蛇を救うてやることも出来た。が、それをしない。助けてやる義理もない。大蛇もさっきまで鯉に無茶していたんだから。
 海亀は完食すると涙を流していた。僕は「てめぇが何で泣いてやがんだ」とつぶやいて、驚きで銚子を取りあげた姿勢のまま自分が凝固していたことに気づき、我に帰って燗冷をラッパ飲みする。
 海亀は僕を一瞥すると、無表情でずりずりと池に後退りして、転回できる場所で二、三度、切り返し、また池の深みへ消えて行った。
 
 僕はここで目覚めるのであるが、意味の解らぬ夢である。
 
 ここに象が出てくれば、象と蛇と亀で支えているとされていた古代印度の原始的世界観と一致する。世界の構成要素が共食いで自滅する様子、則ち世界終焉のイメージだ、などとこじつけることも出来よう。が、象がいない。惜しい。
 そもそも、あの座敷の設定が和風であったことに無理がある。象が出て来にくい。
 座敷に「池」というとりあわせも、何だかジェームズボンドか、オースティンパワーズばりのエセ日本イメージっぽかった。別に座敷である必要などなかったはずだ。予算の関係でああなったのかも知れないが、サバンナに建っているログハウスのデッキであっても良かったはずじゃないか。
 そういえば僕はあそこで一度も振り向いてはいない。あそこまでグダグダなセットであれば、もしかしたら後ろには大平原が拡がっていて、巨象がプランプランと鼻を振っていたのかも知れぬ。
 あの時気づいてよく見ておかなかったことが悔やまれる。
 
昼、セブンイレブンお握り三個パック、ジューシーハムサンド一包。茶一本。
夜、もやしと豚しゃぶ鍋、酒二合。