第1079回 社員向け社内落語会 (於)某上場企業

 15日水曜の条。差し支えがあるかも知れんので、企業名は伏せる。
 
 芸夢君は、もう見えないくらい何年も下の後輩なんだが、学卒後入社した上場企業を辞めて「なりたい自分」への歩みを始めた大バカ者である。僕と同じ臭いがする。
 彼は、「なりたい自分」になるために「生きて」ゆかねばならぬ。退職後、当該某上場企業に「いわゆる派遣労働者」として勤務していたが、この12月で「いわゆる派遣切り」の浮き目にあう。
 大バカ者になるということは、自身の中での世界の大きなパラダイムチェンジが訪れる。瑣末なことが気にならなくなる。彼は当該某上場企業から相談を受けた。「笑い」を会社の業務後の皆さんに提供することができないか、と。
 彼は、置き土産のごとく、「社内での落語会」を企画し提案した。3回シリーズで、1回目が芸夢君、2回目が不良雲君・刃矢手君、そして3回目が拙・表現舎へのお声掛けであったのだ。
 後輩からの要請であるから、条件は凄まじいものであったが、彼と時空をともにすることにはきっと意味があるのであろう、出演を応諾した。
 出演前、ご担当の保健師さんとお話した。まだ、僕が一言も話しておらぬのに、平素講演している内容とドンピシャで2系統の各系統を社内で進めて行かなくてはならぬ、とのお話をされた(今日もその一環だった)。
 僕が普段話している内容をご説明をすると、それを少しく交えてお話下さい、とのご要望。「今日から使えるー」の触りを枕で。ご担当保健師さんはハマッタらしく、涙を流して笑って下さったようだ。
 これか、このためであったのか。ここで読者諸侯にはご注意を賜りたい。僕が「このため」というのは、「次の仕事につながるかもしれぬ」などというような低俗なことではない(これを言葉にした瞬間につながらないことも僕は知っている。不動産屋の格言に言う「先に手数料を計算してしまった案件は成就しない」のと一緒だ)。
 「このため」とは、僕の眼前に芸夢を遣わし、来るはずのないところへ連れてこさせ、出会うはずのない今そのことにお心を悩ましておられる方に引き合わす、見えざる手の不思議を僕と彼に気づかせるためである。
 まさにこのために、僕は奴の要請を男児意気に「感じ」、凄まじい条件など気にもかけず、寒風吹きすさぶ中を阿倍野から西梅田ブリーゼブリーゼまで、鼻水垂らして自転車ブッ飛ばして走り続ける「志」を抱いたのであって、見えざる手が愚鈍者の心に働きかけ導いたのである。
 語るべき言葉は与えられ、お客様はお昼のお仕事でお疲れにも関わらずお心をお開き下さり、ご愉快を僕と共有して下さった。会場に気として満ち凡夫に御力をご貸与し給うの妙を実地に芸夢君と体験できたことには重要な意味がある。
 
 芸夢君、君の舟は今は小さく、真っ暗闇のなかに揺れたたずんでいるだけのように思うやも知れぬ。いくら漕いでも前に進んでいないように思うかも知れない。
 だが、進むべき道は君の心に既に与えられている。良心に聞け。見えざる何者かが君に働きかけ「志」を抱かせるのが感じられるだろう。真っ暗ではない。至る所にたくさんの支援者というビーコンが点滅し、それらをつなぐ光の道が見えたとき、糧はおのずと与えられる。
 糧のみを求めてもがけば、自分が何をしに海へ出たのかすらも解らなくなるだろう。そんな時期もあった。
 細かいことは君にも解るように本誌報にも書き殴ってきたつもりだ。これらは今考えると無灯火の波止場から荒波に漕ぎいださんとする君に、ホンの数メートル前を溺れながらもがく僕からのはなむけだ。
 
 僕にとって重要な意味を持った、君との舞台の交通費540円は、主催者様から銀行振込で支払われるらしい。きっと振込手数料の方が高くつくぞ。