第1058回 堺市南区庭代台自治会 レクリエーション大会 出演

 以前、ラジオ大阪の番組に出た。落語をやってる社会人として取り上げて頂いた。

 堺市南区庭代台の自治会でレクリエーション部長を引き受けたO氏は、今年の催し物に何にするかを悩んでおられた。そのとき、偶然にお聞きになったのが件の番組である。
 彼はその日に、番組に一緒に出ていた豊能大姉に架電され今日の出演となった。導きとはこんな偶然にみえるトントン拍子で必然を形にされるのだ。
 
 庭代台に行く駅は、平素行く泉北高速鉄道「泉が岡」駅の次の駅であった。11時の待ち合わせに10時についた。駅でネタを繰り出す。はてな。番頭さんをどつこうとした時だった。
 「ちょっとおたんねします」
 袖を急につかまれ驚いて飛び上がる。来舞兄であった。完全に入って、まったく周りが見えていなかった。
 「お前、危ない人に見えるで」
 みんな危ない人じゃないか。特に兄さん、あんたも大概危ないでっせ。
 重鎮・千太師もご到着。今日の共演者の顔ぶれを見て、成功の予感がする。
 
 だが、後一人が来ない。かぼす嬢だ。彼女は、勝負腰巻の選択なのか、お化粧が念入りなのか、いつも割と「重役出勤」する大学5年の若僧だ。この日もお迎えのO氏ご到着1分前に悠々と現れた。今日も重要な会だ。僕は彼女の寝トチリが心配だったから朝7時半、頼まれもしないのにモーニングコールで彼女を叩き起こしたほどだ。44歳に23歳を起こさせるだなんて、こいつはきっと途方もない大物になるか、さもなくば世を敵に回す大悪党になることだろう。
 
 O氏から会の概要を聞く。数奇なお出会いの道筋を聞いて喜ぶ。ご差配・豊能大姉から弁当を買っていかないと周囲は何もないかもしれぬ、と聞いていたが、会場に着くと、隣は巨大なスーパー・ライフであった。楽屋で昼飯を買食いする。
 
 千太師は、前夜、池田引札寄席(前回、既述。僕の代演で笑鬼師に出演してもらったもの)の打ち上げで痛飲され、全身アルコールに満たされた状態から復旧されておられなかった。
 「もう、二度と酒の顔など、見たくない」
 か細く、消え入るようにそうおっしゃる師の声は、大学寄席のオープンリールの音源で聞いた、若き頃の師の「崇徳院」の若旦那そのままだった。出番まで楽屋で寝ておられた。
 
 会場はきれいに作って頂いていた。が、みなで相談し、椅子の並びをすべて置き換えて、前に詰めていただく形と為す。これでいい会場となった。
 
 当日の番組を記しておく。
 一番手、かぼす嬢「喧嘩長屋」。二番手、来舞兄「平の陰」。三番手、千太師「親子酒」。四番手、乱坊「ふりふり落語」。仲入り。五番手、乱坊「はてなの茶碗」。司会、乱坊。出囃子、CD。

 お客様ご来駕数60名。
 
 かぼす嬢の喧嘩長屋は、当日の打ち上げで気づいた点などを申し述べておいたので重複は避けるが、一点、感じたことがある。
 僕らは、与えられた担当時間、お客様に「安心」を与えることが任務である。時間をこの演者に委ねても良いという「安心」をお客様に得て頂くことだ。その「安心」をご提供するためには、不断の努力によって演者自身が話す内容に「安心」していないとならぬ。ネタに一抹の「不安」を抱いて座に上がる演者に安心感を持って頂けるはずなどない。また導入のマクラ一つにしても、お客様の内のより多くの方が共感を持って頂けるジャンルを選択しないと「意味が分からない」という不安感を与えてしまうことになる。
 だからこそ、ウチ(落大)の教えは、狂おしいほどに「感情」「感情」と叫び続けるのだろう。感情こそが最大多数の人間に共通な共感のポイントであり、感情をしっかり押さえておけば、どんなに路頭に迷っても最小限、お客様における理解の安心から外れることはない。「人物」「人物」と耳にタコなのも、「今、誰が喋っているのか…?」とお客様に探らせる不安を抱かせない最低限のルールなのだ。
 僕らは、才能ある先鋭的な商業者の笑いを目指しているのではない。大衆の中にあって、大衆と共に歩むという、崇高なる使命を帯びた素人の社会人落語者なのであるから、より多くの方々と互いに「安心」を共有する時間を持てることのみに専念することが目指すべきところなのであろう。
 
 来舞兄の平の陰、千太師の親子酒は舞台の袖で熱演を堪能した。
 兄は、学生時代、1年の時に見た4年の、私の「神」であった兄に完全に戻られた。「書いたある」の連続に客席は次第に熱いところに上がっていく。同じ亜と無っ子として同じものを見、学び、また兄から口移しに授けてもらった僕の基本が、時代を四半世紀も隔てた現在に、目の前で再現されている。否、あの頃よりパワーアップして現出されている。感動だ。
 千太師は、舞台の前まで寝ておられた。が、出番の直前に楽屋でスックと立ち上がり、光を放って舞台に上がっていかれる。
 かつて学生時代に来舞兄とよく話し合ったものだ。「昔の落語大学はすごい」という伝説はきっと都市伝説に違いない、と。大学は、クラブは、概ね18歳から22歳の若者たちで構成される。同じ世代でやっていることに、今と昔でなんの違いがあろうか、当時の僕らも精一杯稽古をして、学生として舞台は散々に沸かしていた。昔がこれ以上であるはずがあるまい、と。
 僕らの自負は、後に手に入れた、かつての大学寄席(現・すねかじり寄席)の音源を一本聞いただけで、完膚なきまでに粉微塵となった。すごいのだ。
 これを読むお若いの、おお、あなた、そう、あなただ。あなたも一度、聞いてみるといい。僕はやっている、と自信を持つ君の到達点など、まだホンの序の口に過ぎぬことがわかるだろう。それがわからなければもっと稽古したほうがいい。
 千太師は、その栄ある「大学寄席」演者である。親子酒は現下取り組むネタとして僕の脳内に完全コピーした。ご希望の方には脳から直接DVDに焼けるほどに、だ。僕はこの方の末裔であることが誇りである。
 
 乱坊の日常は、いつも一人で小さな舞台を回っている。進むべき道がこれで良いのかと戸惑いながら、お客様に教えてもらってばかりいる。その意味で、「ふりふり」と名前は付いているが、単なるフリートークの30分を、同じ表現の現場に立つ師と兄にご評価頂けたことは喜びである。また「はてな」はお客様のご支援、ご声援に励まされ、最後まで愉快に誘なって頂くことができた。僕担当のお退屈な時間を自ら楽しもうと心を開いて頂いたお客様に御礼申し上げたい。また気として満ちたあなたにいつもながらに感謝する。
 
 打ち上げは、現場近くの王将で。最後は記憶がない。