第1036回 港区いきいき教室 浪除地区 出演

 30名75分。前段健康講話、第二部蛇含草。楽しんで頂けた。
 ご高齢のおばあちゃんたちと75分を駆け抜け、着物から洋服にお色直しして、あとの茶話会に紛れ込んだ、いつものように。
 僕は、平素、いきいき教室(高齢者閉じこもり予防事業)には自転車で行くので、実に暢気なアンちゃんみたいな格好をしてるんだが、だいたいどこでもお色直しで着替えて再登場すると、
「ありゃー、乱坊ちゃん、洋服やったら誰やわからへんがなー。」
という歓声を上げてくれる。
 
 初見ばかりなんだから、お互いにさっきまで誰やわからん間柄だったはずだ。たった1時間やそこいらで古くからの既知のごとくおっしゃって頂けるのは感慨深い。
 そもそも、港区は遠くてあまり普段あまり自転車で走ってないが、西成区東住吉区などはチョイチョイ細い路地裏まで走りこんでいるので、これらご来場の皆様方と道ですれ違っている可能性は充分にある。ここ数年で延べ3000人超になるなんとするご高齢の方々に
「乱坊ちゃ〜ん!」
をご唱和して頂いてるのだから、本来ならば、スーパー玉出の前やなんかですれ違う度に、ハッと自転車から飛び降り、手を取り膝突き合わせて「人生の時間借り」のお礼を申し上げるべきところであるが、何しろこちらは生活のため、なりふりかまわず雑事取り込み中でございますので、この場を借り略儀ながら書面にてお礼のご挨拶に代えさせて頂きます(なんや香典返しみたいやな)。
 まあ、僕も全員を覚えてないんだが、おばあちゃんらサイドにしても、たった1時間半、人生をクロスさせたアンちゃんの顔をそこまでしっかと覚えている必要もなかろうから、まあ、互いにおあいこってとこで。
 
 だが、ネットワークの推進委員さんやボランティアのおばさまたちはネットワーク研修会などでチョイチョイお会いしているので、道ですれ違ったあと正味2分ほどしてから、
「あ、あのおばちゃん、あのおばちゃんや!」
などと気づくんだが、そのときには既に銀輪行およそ時速45km/hで1500メートルほど双方離れちまっている(計算値)。戻るに戻れず、どうしようもないことがあったりもしている。
 
 ここ港区のこの会場では不思議なことがあった。
 浪除の老人憩いの家でご来場者を迎賓していたとき、強烈な既視感(デ・ジャブー)が僕に訪れたんだ。ネットワーク推進委員のお一人をどこかで見たことがあるような気がしたのだ。
 港区はまだ一巡目だ。僕は区社協のご担当さんに尋ねた。
 
 「僕、ここ、初めてですよね」
 「ええ、乱坊先生は港区一巡目ですものね」
 「でも、僕、あのネットワーク推進委員のおばちゃん、会ったことありますよ」
 
 会ってるはずがない。なぜそう思うのか、どこかで会ったのか。
 会った時の映像だけが脳内の記憶に残っていた。椅子に坐る僕に、しゃがんで顔を少し右に傾け、50センチほどにまでお近づきになり、何かを喋っておられるお姿だ。確か、黄色いエプロンをしておられたように思うたんだ。
 僕は、ここに一度来て喋ってるんじゃないか、と気になってくる。もし来たことある場ならば、内容を、既に二巡目の西成区のように、パターンAからパターンBに代えなきゃならんからだ。ご担当さんは小首をかしげる僕を心配して言ってくれる。
 
 「乱坊先生は、ここ白地(しらじ)ですから、いつものパターンAでやってください」
 「ええ…、わかりました」
 
 不思議な気持ちがしてくる。もう一度、記憶を反芻する。椅子に坐る僕に、しゃがんで顔を少し右に傾け、50センチほどにまでお近づきになり、何かを喋っておられるお顔が脳内に鮮やかに残っていた。黄色いエプロン姿で。絵に描けるくらい克明に見えたんだ。
 
 いよいよ開演の定刻となり、「さあ、舞台に上ろうか」という段になって僕は驚いた。お世話係であるネットワーク推進委員の皆さん方が、机の引き出しから取り出した揃いのコスチュームを着始めたんだ、そう、黄色いエプロンを!サブいぼが全身に沸き立つ。
 
 本編は、御業により、語るべき言葉を与えられ、お客様皆様のお心を開いて下さった。的確にご反応頂き、落語もお互いに楽しめたと思う。実にいい会となった。感謝。
 
 終演後の茶話会に入ったときに、あの(前述の)ネットワーク推進委員の女性が、突然僕にお近づきになられ、今日の感想などを熱くお話して下さり出したのだ。
 そのとき僕に見えた映像!ああ、僕はこれを忘れることができない。
 彼女は、「椅子に坐る僕に、しゃがんで顔を少し右に傾け、50センチほどにまでお近づきになり」、感想「を喋っておられる」のだ。そして「黄色いエプロン姿」である。
 
 ここですべてが氷解した。なーんだ、そうだったのか!
 僕はここに来たかもしれぬ、とばかり心配していたのだ。何も心配する必要などなかったんだ。
 僕に見えていたのは、1時間後の将来において僕の視野に映るモノを、ただ予知して見ていただけだったんだ。
 なーんだ、何てことないじゃないか。単なる予知だ。予知能力が発揮されただけジャン。もう、まったく、頭がおかしくなったのかと心配したぜ!
 
 今、これを書きながら、やっぱり「仔猫」のサゲ前の盛り上がりと、番頭さんの安堵は、少しおかしいと思う。
 女中の悪癖が「猫食い」とわかって安堵するなんて、ありえない。猫食いは立派なアブノーマルだろ。
 
 ちなみに今日の日記はノンフィクションだ。既視感もバカにはでけぬ。競馬やロト6にこの能力を活かせぬ自分が不甲斐ない。