第1022回 小石歯科「手水寄席」 出演

イデア【Idea】(名)1、理想。2、意見。3、【哲】観念。− 金澤庄三郎編『廣辭林新訂版』三省堂発行(昭和12年1月25日新訂第360版)より引用
 
 日曜日は前述の「阪関関」の出演はちょびっとだ。この日の力点は「手水寄席」だった。ひと月前からの指しネタ「親子酒」と、フリ遊びである。12時、15時のツーステージある。
 前日の反省点は、拙ながら少しく改良を施してみた。来舞兄、同伴者に感謝申し上げ壇上に上がる。
 12時。30名、超満員。「夏休みの宿題」「セミの生涯」「親父と飲む」で『親子酒』。うどん屋と向き合い軽く。お客様と近い。僕の力はこのくらいの人数や距離が丁度良い。お客様が一体となり時空を共有される不思議を見た。
 続いて「フリ遊び」。老若男女が全員でお声を出し、うどんをすすり、満面の笑みを浮かべる(強制的に指を使って笑顔を作らせるんだが)、その様は、ある種新興宗教みたく異常な熱狂がある。僕は舞台から眺めながらこれをやるときいつも思う。お客様はやりたい、やってみたいのだ。全員が2行小咄の唱和をバチッと決めた時にお見せになる、あのお客様方の満足感は何ともいいがたい。
 続いて小石先生の「歯のお話」。先生はますます腕を上げている。天賦の上品で柔和なお人柄に加え、お客様とのやりとりに舞台経験を重ねられた自信や余裕が感じられるすばらしい表現舎となってこられた。先生、いつも機会を与えて下さることに感謝。
 15時。30名、これまた超満員。「夏休みの宿題」「差し歯の相談」「親父と飲む」で『親子酒』。そして「フリ遊び」。中高年の奥様方がハンカチを出して涙を拭って笑って下さる。もう乱坊でお腹一杯になって頂いた。こちらもこれ以上ご馳走のしようがない。お後、先生のお話。会として有意義に成立した満足感を先生と確認し合うた。
 
 
 本日誌全編が必要以上に長いのは、本心を吐露するに差し障りがあるのを、冗長でカモフラージュするという意図がある。どうせ誰も読んでいないだろうから何でも書ける。
 将来において、ここを探し出した3人の娘らよ、聞け。すべての漢字をルビなしで読めるくらいになった頃のお前たちに書いておく。
 
 自分の力以上の何かを発する不思議、主客一体の時空共有の不思議が忘れられず、今もこうしてここに居る。若い頃は、少しでもいい生活をするために、金持ちになるために、名誉を得るために、あるいは孝行な息子であろうと、当時居た場でもがいた。いつも感じていたのは、これは自分ではない、という齟齬感だ。苦い汗を流し「あるべき自分と固定された役」を演じていた。
 ある時、− 数年前だ。すべてのきっかけはこれである − 二日酔いの便後、便器に頭をつっこみ嘔吐していた時に、直前に排泄した便中に一筋の血筋を発見した。普段なら何とも思わないだろうに、この日に限って妙な不安に苛まれ病院に走った。大腸ガンであった。先生も驚いておられた、こんなに早期によくわかったな、と。
 手術により事なきを得たが、雷に打たれ決意した。「もう、この役を演じるのは、これまでにしよう」。完治はしたが、人生にはやがて終わりあり、短いものなのかもしれぬと知ったからだ。
 たったこれだけのことで、何もかも削いで、なりたい自分への誘いに身を任すことにした父はアホである。しかし、すべてを削ぐと、見えなかったものが見えてくる。志しを持って後は、見えざる手のご配慮でさまざまに誘なわれ、色んな人(らいむ師、クラリネットの小父さん、豊能大姉、粋花さん奥様、その他厚情を賜るすべての方)に手を引かれ、真実を垣間見、機会を与えられている。うまくいくこともあるが、失敗することも多い。しかしやっていることの「意味」が少しづつ自分では理解でき始めたつもりだ。
 「その性質上経済的にはもっとも困難多きこの事業」とは岩波文庫発刊の辞であるが、娘らよ、思いを致せ。岩波茂雄の想像を超える困難のなかに君たちもいる。そのことは少しくすまないと思うが、早く自立しなさい。父の周りでうろうろしている場合ではない。
 アイデアを駆使して、正義に合致し、(瞬間も良いから)他人を心地よくして差し上げられるよう自分を表現しなさい。花屋でも、コックでも、刺繍屋でも、お母さんでも、何でもいい。父さんはまだ上手くできない。
 顧みなさい、うまいこというて、ちょっとごまかして、だまくらかして、ふっかけて、折れて曲がるようなことを目論んで、はしこく生きる必要などない。勝ち負けなどこの世にはないことに気付きなさい。
 みんなが自分のことをわかってくれるなどと思うのは傲慢で幻想だ、1万人に当たって2人くらいが君のことを解ってくれればよいと知りなさい。また言っておく。今、一緒に暮らしていても、いなくても、父はつねに君の傍にいる。
 辺りを見回してみろ。世界は捨てたものどころか、美しくあるという真実がみえればそれでよい。そうみえるように努力しなさい。
 
 書いておくところがないので、すべての漢字をルビなしで読めるくらいになった頃のお前たちにここで言うておく。