あいせき【愛惜】(名)をしむこと。をしみ。− 金澤庄三郎編『廣辭林新訂版』三省堂発行(昭和12年1月25日新訂第360版)より引用
片岡主幹からの仕事。区社協からのご監視・ご臨検を受けた。梅澤氏、他一名の方および研修の実習生までご同席だった。
20名30分。今日から使える−。乗せられ突っ走る。萩之茶屋のネットワークの皆さんは至極回転がお早い。楽しめた、僕が。
こんなことがあった。
僕の中の弟は、カシオ社製腕時計のG-shockを愛用していたが、電池切れとなり、電池を交換しようとするとメーカー送りで大層面倒なので、その時計をそのまま放置していた。
この盆に帰ったときに、お話しするときに時計のない会場があって困るという話をしていたら、そのG-shockを手渡し、電池を交換して使えと貸してくれた。彼の「愛惜」の品だ。かたじけなしと押し頂く。
住之江に帰り、時計店数店を回る。各店の店主は「あー、これはメーカー送りですわ。時間かかりまっせー」と口を揃えていう。「電池交換します」と大きく書いてあるホームセンターなどでもマニュアルがあるのだろう、「この時計は一切交換作業が出来ません」と無ゲッショウに宣う。一目見ただけで触ろうともしない。
中の弟はこれが原因で「G-shock難民(実際にそう言うらしい)」となったのか。面倒臭いものだなと思い、某ホームセンターの担当嬢でタイプの売り娘に詳しく理由を聞いた。どうも電池交換作業により200気圧防水の効果を損なった場合の責任問題を恐れてのことのようだ。電池の交換自体は簡単にできるようだ。
大体の空気が解ったので、郵便局で聞いた、家から自転車で5分のところにある、粉浜商店街の少し大きめな時計専門店に飛び込んでみた。
初老の店主さんに「ご相談があります」と深々と頭を下げた。
「はい、できることなら。何なりとどうぞ」
「あのぉ、私は泳げません」
「は?」
「肌は直射日光に当たると過剰に反応するので海水浴・プールなども行きません」
「それが?」
「根が無精な者で、風呂はおろか洗面や手を洗うことも極力避けることをここにお誓いします」
「突然、誓われても」
「そんな、こんなで、私、水には大変縁遠い男でなんです」
「…はあはあ、お水が欲しいんですね?汲んできましょうか、暑いですからね」
「ち、違うんです、この時計です。200気圧防水なのですが、たとえ電池を交換して如何なる損害が発生したとしても一切貴店にご迷惑をかけることはありません」
「いや、ウチは…」
「領収証書も頂きません、ここで交換したことの後日の証しを一切残しませんので…」
「いや、ウチは…、交換してますよ」
「うそやん」
「色んなお店で断られたんでしょうけど、ウチは交換してます」
「へ?そんなあっさり」
「交換しますから、風呂や洗面はどうぞご自由になさって下さい」
「あ、さいですか」
ここで豊能大姉から着電。店主は早速G-Shockをバラバラに分解している。大姉の御用は今度の伊賀市の人権関係の講演のチラシの校正チェックバックのご相談だった。
僕は電話に向かって「アマチュア落語家はNGで、社会人落語者と入れて貰うようお願いしてくださいよ」と作業中の店主から離れ小声で言い、電話を切った。
店主は「兄ちゃん、落語やってはんのん」と聞いてきた。
「ええ、まあ、趣味程度に」
「奇遇やなあ。ワシは狂言や」
「はあはあ、狂言誘拐とか狂言強盗ですね」
「違うがな、ワシなあ、こう見えても国立能楽堂でたことあんねで」
「ええ!ほんまもんですやん」
「おっしょはんに出したろ言われて、ノーギャラやったけどな」
「そっちの世界もノーギャラ言いまんのん?」
「兄ちゃんに解るように翻訳してんねやがな、テレビも出たで。NHKや」
「まぢですか!凄いですなあ」
「まあ、趣味程度やけどな。NHKはギャラ出たで」
「ほぇー出ましたか。せやけど狂言て、ネタ完全に笑わしにかかってますわなあ」
「そやねん、ネタは笑わしにかかっとんねん」
「やっぱり、笑ってー、って気持ちでやるんですか、感情入りにくそうですなあ」
「ワシな、やっぱり大阪もんやろ、若い頃、兄ちゃん言うように笑ってーってやってもうとってん」
「そらそうですわな、ネタが笑わしにかかっとるもんね」
「それがな、おっしょはんにエライ怒られてな、笑わしにかからんと話を伝えんか、て」
「…。」
「難しいもんやなあ、古典芸能は」
「そうですねえ…」
「ほい、出来たで。900円」
とりあえず粉浜商店街に知り合いが出来た。領収証書は頂かなかった。僕がここで電池を交換したという後日の証しはない。
が、僕が辿ったG-shockの電池交換という一連の流れを用いて、何事かを僕に伝えようとなさるのは決して偶然ではない。この世に偶然はない。あり得べくして必要に応じて起こる。
感動を以て伝えたい。聞く耳を持つ人は聞いて欲しい。世界は完全である。感謝する。