第1003回 盆休み

アイジル【Idyll】(名)田園の風物・事件等を叙したる一種の短詩。牧歌。田園詩。− 金澤庄三郎編『廣辭林新訂版』三省堂発行(昭和12年1月25日新訂第360版)より引用
 
 8月13日からの一週はなぜか帯でスケジュールがすっぽりと開いている。不思議だ、なぜだ、と小首を傾げていたら、盆だ。日本国中、盆だった。お休みなんだな。民間のお休みと関係ない仕事をしているので、人が休んでいる時に自分も休んでいると、何だか「ダメなんじゃないか」と思ってしまう。まあ、民間が仕事してる時も休んでることあるんだけどね。
 
 ある人が言った。「バタバタして、貧乏暇なしですわー」と。
 僕は、眦を決して、大音声で言い放った。
 「貧乏って暇なんですよ。暇だから貧乏なんです」と。
 二人で腕組んで「うむぅ…、深い」と唸った。その後、互いに2デシリットルづつ泣いた。
 
 「2、8(ニッパチ)」とはよく言ったものだ。拾兵衛さんに頼んで上町の上汐町の高田屋高助宅へでもイカキを売りに行こうという気になるじゃないか。経済社会を闊歩していた時は「5、10日(ゴトビ)」と同じく都市伝説だと思っていた。しかし今は違う。ニッパチは財布が粉を噴きがちだ。「潰れるような品物です」とあっさりサゲそうな勢いである。(* この項、落語愛好者でなければ意味が通じん可能性がある。猛省)
 
 自然、子供たちと触れる時間が増える。ご先祖の墓参りには15日から行った。おトンボの弟とは盆の前後半で入れ替わりだ。新郎新婦と会いたかったのに。実家に泊まって酒を飲むときは、中の弟(娘らにするとオジサン)がエライ遊んでくれる。彼は娘らのお気に入りだ。
 学校の宿題、塾の宿題は、実家の合宿で消化する。天寧姉さんの「風の向きと強さの測定」。測定地は、奈良県宇陀市榛原区のわが母校・宇陀市立榛原小学校のグラウンドの藤棚の下のベンチだ。僕が作った測定器で10分毎に9回計ってみた。完璧だ。ちゃんと理科レポートにまとめなさい。午後2時40分から午後4時まで。暑い。が藤棚の下は風が吹いていると結構涼しい。
 妹御前のまつ梨は、夏休み早々一日で全宿題を終えて、公文の盆の宿題も終わらせて余裕をブッこいている。姉との測定作業の横で、なぞなぞの本をパラ見して次々に父にクイズを出してくる。
 「汝の父を試むべからず」と何度も叫んだが、繰り出される問題の内容に驚いた。最近の時流を反映して、なぞなぞの本には「なぞかけ」が山ほど載っている。全く落研泣かせだ。目を白黒させながら、なぞかけの「そのココロは」云々のココロを答えさせられるんだ、50問くらい。少しは頭が柔らかくなったかも知れぬ。大喜利に取り入れてみよう、どうせ先生だから僕は答えなくて良い。拾って、突っ込みに行くだけだ。四方を取り巻く宇陀の黒木の山々に、ふと、やん愚兄の涙目が見えたような気がした。僕はニヤリと意地悪げに微笑んだ。
 
 父の職責は、理科実験やなぞかけ練習ばかりではない。夏だ、プールだ。宇陀市営プールに車を転がす。2時間の時間制限なんだが、痩身の目的を持って歩き続ける奥様方に混じって、ちびっ子忍者の水練教習だ。このプールは浄水システムがご自慢で、物凄く水が美しい。飲める。皆も行ってみると良い。山間部に突然現れる立派な室内温水プールだ。費用対効果など火照った体には関係ない。
 先ずは立ち泳ぎ、続いて横泳ぎを教える。「水音を立てるな!」と娘たちを一喝する。忍術の基本だ。そして厚生労働省認定の職業潜水士として「水を楽しめ、イルカのように!少々息ができなくても即死はしない!」と教える。
 プール上がりはアイスクリーム。もちろん、ファミリーマートの「ミルク&ソーダバー(105円)」だ。粋花さんの娘さんがセンタン社で開発した逸品で、落語大学関係者は爆発的需要を生むための氷溶解機である。ああ、見よ、我々はどこへ行っても落語大学の呪縛から逃れられることはできない。社会はそういう仕組みになっているのだ。
 2泊3日でわが郷土・宇陀に遊んだ。住之江の下町で、埃にまみれ、きしむ潮風に疲れた身には、懐かしいアイジルであった。(このアイジルの使い方、あってんの?)