第973回 「訥庵寄席」観戦記録

あいこう【愛好】(名)愛し好むこと。− 金澤庄三郎編『廣辭林新訂版』三省堂発行(昭和12年1月25日新訂第360版)より引用。
 
 土曜日は訥庵寄席であった。
 朝、11時に心斎橋キャンパスに赴くと、演者・関係者らが参集、準備が始まった。
 舞台を組み、椅子を並べ、飾り付けが終わると、お囃子の音合わせが始まる。僕はこの瞬間が一番好きだ。恐らく関係者のテンションが一日の中で一番高い。そのテンションも各自、朝からお布団抜け出たての、(昭和30年代までの)16、7の乙女のような純白さで、空間を占める適度な緊張感と、各員の精神電圧が拮抗し、ピンと張り詰めた空気を味わえる。
 殊に、自分が演者でない寄席は堪らない。単なる一傍観者として、関係者らが、齢幾つ何十になってもキリキリと率先して仕事を見つけ働く様を見るのはすがすがしい。
 僕は、あらかた椅子を並べ終えた客席にドッカと座り、皆の奮闘を見回すこの瞬間、いつも「ああ落大に生まれて良かったなあ」と感慨に耽るのである。
 この時もお囃子の音を聞きながら涙ぐみ、独り「うむぅ…」などと唸って落語愛好者の至福の時を堪能していた(=少しが間サボっていた)が、席主である千太師が、踏み台にしているイスをガタガタ言わせて高いとこに紅白幕を張ってはる。まことに危ない。危険だ。
 何が危ないというて、あんなにイスをガタガタ言わして、もし関大の備品であるあのイスに傷でも入ったら。いや、せやない、イスやない、イスの心配している場合か。おれはバカか。床だ。床への振動が建物の構造に影響を。
 まあともかく、「おお、こりゃいかん、あの方からすればワシゃ鼻垂れ小僧じゃわい、戦列に復帰復帰」と、感涙に潤んだ目を乾かせ、歳相応に鼻を垂らして、イスガタ師と交代したのであった。
 所感を記録しておこう。
 先鋒は先日池田でご一緒した学乱師による看一。関大亭の深い感情の源泉を見る。前回よりかなり良かったのに令夫人さやか女史は腕を組み怖い顔して見てなさる。もしかしたらあの人の落語の見方がああなんであって、出来不出来に関係なく腕組みの怖顔かえ。そうと知ってりゃ、ワシこないだ、あないビビリ倒さいでも良かったのに。八百屋の枕は頂いた。
 次鋒、やん愚兄による昭和任侠伝。僕の当日のメモに「歌謡しょー」と書いてある。拍手を得るのに左手をクルクル回す振りあり。この人は僕と似ていると笑鬼さんに言われると最大限の抵抗を示すがあの客の触り方を見ているとまんざら遠い気もしない。
 中堅、中取りに茂八君による猫の忠信。僕は彼の名演を数々見たが、彼はまた腕を上げたと思う。細部に渡り検討され尽くし、演じて切っ先に迷いなく、音源フェチの僕からするとフリの細部までをためらいやぞんざいさなしに演じ切る彼は見事であった。夫婦をもめさしにいく男などは「茂八」であった。笑う。中入りに煙草を吸いに外へ出て笑鬼さんと腕を上げたと確認し合う。僕などはざらけた場に出すぎていて、もはや「美しく」噺をすることが出来なくなってしまっているのだけれど、君を見ていると僕自身のハンディキャップを乗り越えて進まなければならぬ行き道の一つの先を示してくれていて、かつてマルクと君たち二人をして「灯台(いつぞやの日記に書いている)」と称したのもあながち間違いではなかったように思う。
 中入り後の本日の副将、もたれは一福君による二人癖。僕は彼と中加賀屋公園で稽古して浮浪者に声掛けられたことなどを思い起こしていた。二人とも若かった頃だ。社会人になって彼が落語をしているのを聞いたことがなかった。寄席で会ってもお囃子に傾注している彼を見続けていたのだ。当日の彼は枕のカミカミも武器にして実に生き生きと好演した。自分の仁以上のものがにじみ出、人物の感情の流れを演者自身が舞台上でお客様と歩みを同じうして楽しむ、僕が自身あれかしと願うものだった。当日のメモに「激高セル感情ノ押シニ普段ノ一福ト異ルヲ見、心地好シ!!(原文ママ)」とある。見直した。
 さて本日の大将、我らでいう所のトリは、社会人落語選手権の本年度優勝者円九君であった。 ビバリーヒルズの枕から始まり、軽快な筆致で進む彼はやはり声がいい。僕は最近彼を見ると声とテンポに聞き惚れることがある。この日も彼また格別に良く、「飛べ!」の感情は大笑、この箇所のメモに「イイネ」と記している。またメモにある「雀ノ御松ノでふぉるめニツキ、立弁ノ見事サ二其ノ真髄在ルニ非ラズシテ、話中ノ語間語尾、文節間文節末、文間文末等アラユル箇所ニテ御松ノ発スル強妻光線、強妻波動ノ如キノ射出コソ本義ナランヤ」とする一点の疑問を除いては天晴見事であった。
 最近、僕は前説、司会なき寄席に出たことがないので、二番太鼓、シャギリの後、出囃子でいきなり演者が出ていくのに戸惑いを覚え、無音から出ていく一番手、もたれ、またそれを受け止めるお客様に感心した。皆お互いに怖わないか?
お茶子のさくらさんは実に久しぶりにお会いした。この方とも長く知己の栄を賜っている。この人選は嬉しい。舞台が高いので見台膝隠しの受け渡しは、座布団を反したさくらさんがチョコ念と舞台に座って下座から渡されるのを待つ。まるで演者のように舞台に客席向いて座る様は大先輩ではあるが可愛くて笑った。
 「寄席が終わると酒と肉。肉はタレをかくなかれ」とは様々な意味に読み取れる落大のしきたりである。本来、タレは別の意味なんだが、この日の打ち上げは、五苑。焼き肉だ。タレを含み汚れた飯を箸一杯に盛り掴み、僕の愛らしいお口へ放り込むこと二合半。酒は程々に飯をほうばる顔と顔。皆、飯食ってなかったか。
 一次上げ。すぅ。女史を心斎橋にお送りし、愛自転車アントニヌス号で自宅へ帰る。
 いい寄席でした。