第946回 在宅支援110番寄席

あゝ【唖唖】(感)≪「あくあく」と讀むときは、意義を異にす≫鳥の聲。又、小兒の聲。― 三省堂発行 金澤庄三郎編 『広辞林 新訂版』(昭和12年1月25日新訂第360版)より引用。
 
 「乱坊、大丈夫か?」
 「唖唖、唖唖。笑鬼さん、ここは、ここは、どこですか」
 「梅田や。御堂筋梅田駅の改札出たとこ、真ん前正面の柱にもたれて二人座っとる」
 「ああ、そうですか…」
 僕は力なく呟くと、前に置いた衣装カバンに頭を鬱伏した。
 
 なぜに、落語会が終わると「打ち上げ」ないといけないのであろう。
 大体、舞台の前は食事をしない。午前からキリキリ動いて喋って、緊張感が終演によって解かれる。張っていた気が解けるあの具合がいい。その感触を目一杯増幅したい。
 それには酒だ。酒こそが緊張感を解き、疲労を癒す最大の妙薬である。心を開いて、共演者と落語双方への愛、あり得べき表現、登場人物の感情理解、努力の足らなさを省み、お客様と主催者様への感謝と、機会をお与え頂いた見えざる手のご配慮に想いを致す。そのトランスへの導入剤である。
 水は午後からはなるべく飲まない。直腸に至るまで完全にカラカラにして、導入剤を厳かなる乾杯の儀を皮切りに経口流入させる。ビール・チューハイなどのソフトアルコールは、糖質を多量に含み、また余分な血中水分比率を上げ、血圧を上昇させる(ような気がする)。じゃによって、一杯目から焼酎ロックなどハードなアルコールでがっぷり四つに酩酊と対峙することにしている。
 
 この日は、千林商店街の介護事業者「在宅支援110番」社が主催する110番寄席の初回であった。介護事業者さんが、利用者に慣れ親しんでもらいたいことを祈念して開催する試みで、ここの管理者アビちゃん(本日誌既出)が別の寄席で拙の舞台をご覧になられたことに起因する。
 記念すべき第一回は、露払いとして拙「お忘れ物承り所」と、ご信頼申し上げる笑鬼会長にご出馬を請い「道具屋」をご披露頂くことにしていた。
 
 私たち二人は舞台の設営を完了すると、千林商店街の往来に向け情宣活動を開始した。笑鬼小父貴と二人でチラシを撒きながら声を張って我々の言うところの「直角曲げ」、即ち視覚と聴覚の到達距離に入ったターゲットが前を通り過ぎるまでに全情報を伝達して入場のご決断をして頂き、歩みを止めて「直角に」会場にお入り頂くことに専念した。小父貴と二人で声を張っているのが嬉しい。
 おかげさまで開演時、客席数約25のアットホームな会場は満席の状態となった。ありがたい。
 三時開演。管理者アビちゃんの開演ご挨拶。熱き胸抑えての一生懸命のおしゃべりであった。
 乱坊「お忘れ物承り所(短版)」。最近、これ好きでよくやってる。登場人物の内容を変えるべく今後考えてみたい。さすがに飽きてきた。お客様と共に進む。
 笑鬼師「道具屋」。私は「小便できぬパッチ」の段をこよなく愛するが、ひさかたぶりに師のパッチの下りを聞けて嬉しい。お客様にぴったり歩調を合わせ充分に沸かせた師の『道具屋完全版(飛び道具なし)』を楽屋から脳裏に焼き付けた。
 
 終演。お客様お見送り。後、主催者様にお礼申し上げ退出。クールさんに仁義を切る。先日お世話になった伝楽亭のカカシさん、若菜姉さんにもご近隣ということでご挨拶しておいた。
 打ち上げ会場は時候もええし日よりもええんで近くの公園の野天。総菜屋でおかず(魚の炊いたん、げそ天他)を買い、私は焼酎ワンカップ2本。効いた。
 
 で、冒頭の梅田での轟沈となる。
 そこにパンセ羽衣寄席上がりのやん愚兄、マルク君、猿之助君、玄張君らも来たらしいが、既に酒神バッカスの虜と成り果てた我が身にはその残像すらなし。
 帰りに新大阪駅での映像が一コマ残っていることもご一興。どうやって帰ったんや。