第928回 河一丸

 「たまにはお船に乗って旅がしたいわ」
 愚娘、天寧・まつ梨ならずとも、令夫人、愛人・情婦の皆さんから、かくのごとき熱烈なるお誘いやおねだりを受けている、読者紳士諸君に告ぐ。もう心配は要らない。私に任しておきたまえ。
 私の提案する船旅で、淑女各位のご機嫌はたちどころにして麗しくなられることであろう。
 船旅と聞いて尻のポケットの銭入れをそっと触った貴方、そう貴方だ。お足のご心配ならご無用だ。諸君が納税者なら大きな顔をして旅立たれよ。額は問わぬ。申告していれば良い、という程度の意味でしかない。
 以下に言う豪華な船旅は驚くべきことに無料である。全ては行政サービスとして無料で提供されるのだ。交通局の所管ではない。建設局の所管であって、道路や橋といった扱いなのであろう。
 マンションの駐車場代に辟易として車を処分して爾来、遠方なら鉄道、近隣の大阪・堺市内くらいなら全て自転車で用を足してきた、この私の実地調査済みだ。どうぞ、出された財布をしまって頂きたい。
 私の自宅である住之江区東加賀屋を自転車で出立するとする。西成区南津守にグルグル周りながら木津川を越える千本松大橋(府道5号大阪港八尾線)の下に、「千本松渡船場」がある。これを西成区南津守側から大正区南恩加島側に西行渡河する。川幅は百メートルあるなしだが、48人乗り(旅客46人乗り)の自転車持込式、立ち席簡易フェリーといったところか。自動車やバイクは乗船禁止(橋を渡れってこったな)で、歩行者・自転車のみ乗船可だ。
 橋は巨大で歩行者・自転車には渡河が重労働に過ぎる。橋が建設されるまでは車も乗れるものであったらしいが、交通弱者救済のために建設後も残っているのだ。
 一時間に数本の出発時刻があって、直前になると近隣の工場労働者や買物のおばちゃんたちが集まり乗り込んでくる。航海時間はほんの5分ばかりだが、待ち時間も含めて、あたかも合宿で行った尾道の渡船の如き、じんわりした時間に浸れる。
 到着し下船すると、北に進路を取り自転車で十分も走れば「落合下渡船場」に到る。ここの船も先述の千本松渡船と同じ仕様だが、これを今度は大正区平尾側から西成区津守側に東行に渡る。
 続いて、下船後再び北に自転車で進み「落合上渡船場」に到る。今度は西成区北津守側から大正区千島側に西行渡河す。
 賢明なる読者諸子には既に諒解せられていることと存ずるが、ここまで我々はただ単に木津川を東西しながら北行しているに過ぎぬ。しかしこの渡船のための待合と、短い航海という尋常とは異なるまったりとした時間の流れに、貴殿らは昭和30年代辺りにタイムスリップするは必定。時間軸のいびつな横断に脳みそがガクガク言い出すことであろう。
 そこからは陸路西行して大正区役所横の千島公園にて、オニギリ等を喰らうも良かろう。ワンカップの焼酎等をあおりホンワカするもよし、酔いに任せてジンワリするもよかろう。草原でひざ枕等もよし、狂ったようにネタを繰るも良いだろう。
 ホローッと酔うたなら、また自転車に跨がり西行大浪通市道浪速鶴町線)を北村3交差から南西行し、北恩加島に到る。
 ここで「千歳渡船場」に到り、大正区北恩加島から同区鶴町4丁目へと大正内港を水行横断する。この千歳渡船が本日の航海の中で最長。とは言え、時間にしておよそ5分であろうか、船はやはり直ぐに着く。
 そこから自転車で陸路南行十数分。再び府道5号大阪港八尾線に当たり左折。続いて看板に従い南行、「鶴町渡船場」に到る。今後は木津川運河大正区鶴町から船町へと南北断する渡し船である。
 着船、南行、デボチン打って西行中山製鋼所の前を通って、中船町のバス停から右に進路を取り、最終の渡し場である「木津川渡船場」に到る。ここで木津川を渡河す。これで新木津川大橋を尻目に殺して、大正区から住之江区に戻る。
 而うして後、南港通を陸路東行し、自宅に到る。
 これで都合6航海している。クイーンエリザベスばりの豪華な船旅に同伴の淑女華々しく喜ぶことなり。
(※書き初めの18時から2時間で焼酎4合。エライ酔うた。ワシもよう解らんが、読者におかれてはGoogleの地図見ながら読まんとわからんと思う。)