第902回 接頭語「否」+bow([バウ]お辞儀)+接尾語「a」

あ【足】(名)あし。「足(あ)の音せず」。― 金澤庄三郎編『廣辭林新訂版』三省堂発行昭和12年1月25日新訂360版より引用
 
1月4日は予てからまつ梨と約していたアイススケート行きだった。
アイススケートは余の小学生の頃、何度か行った事がある程度だ。確か奈良ドリームランドのスケート場だった。以来約33年間一度もやったことはない。
昨年末、天寧が学校の友人リリちゃんと浪速区アイススケート場に行った時、母メルモに連れられ、まつ梨は見学した。リリちゃんママがリンクに入りリリ嬢と天寧を指導し、まつ梨は母メルが滑らんので、唇を噛み涙を飲んでの見学の浮き目にあったようだ(本人談)。
妻メルがこのスケートから帰ってきて、寝ていた余を叩き起こして言った。
「あんた、まつ梨をスケート連れて行ったってな」
「げっ!よっ、よ、余がスケートか?」
と言い終わらぬ内に、妻メルは言葉を被せて言い放った。
「あんた、スケートぐらいはできるやろ」
ヤツは余の操縦法を心得ている。
この「スケートぐらいはできるやろ」の「は」に「何にもでけへん、パン踏んだような人」という侮蔑の薫りを敏感に察知した余は、売り言葉に買い言葉で「で、でけるわいっ!」と叫んでしまう。以下はその際、余が主張の一端である。
・余の時代、奈良の小学生社交会においてアイススケートは必須の技芸であり、余には相当の自信がある。
・トリプルは無理だが二回転ジャンプくらいならできる。
・イナバウワなどは33年前に余が先に気付きかなり練習した。謂わばイナバウワの先駆者的存在だ。
・そもそも「イナバウワ」とは、お辞儀や礼を意味する英語の「bow[バウ]」に、否定反対の漢語「否」を接頭し、語調を整える接尾語「a」が付着したもので、本来「否バウ(a)」である。故に語義としては「お辞儀か?否、そんなことをしたら頭が下がります」と胸を張ってそっくり返ることを言うのだ、という即席の豆知識まで披露した。
「だから今もでけるんだ!どうだっ!」と部屋で、寝起きパジャマ姿のイナバウワを「暖簾は頭で上げてっ」と勇ましく決めたのだった。
「あのぉ…、この話、まだ続きますか?」と妻メル。
妻メルは黙って余の話を聞いていた上で「ふふふ」と不敵な笑みを浮かべると、あれよあれよと言う間に余のスケジュールに挟み入れ、実現の運びとなったのだ。
まつ梨と二人で家を出された余は途方に暮れた。33年前に4回ほど行っただけだ。でけるわけがない。電車博物館か中央図書館でお茶を濁そうとしたが、まつ梨は「♪スケート、スケート、ルンルンルン♪」と飛び跳ねている。
大人1400円の入場料に貸し靴400円、まつ梨は入場無料で貸し靴400円のみ。豪遊だ。
滑り出して驚いた。滑れる、滑れる。おお、余は滑れるぞよ。
思う。スキーだ。スキーはかなりやった。あの片足、足(あ)の裏にしっかり乗る感じを思い出す。
それと今、夜を徹して「立って」いる。足腰は恐ろしく強くなっていたのだ。問題なく滑れる。転けない。
まつ梨は初体験。ヒョコヒョコ、スッテンと一周目。ハハハ。
二週目は少し上手くなり、三周目から転けなくなった。
2時間半みっちり滑る。実に面白かった。二人でまた行こうと約して帰る。