第809回 あいかわらず【相變はらず】

何時も變はりがない。普段の通りに。― 「學習國語新辭典」全訂第2版
 
 今日は手前味噌な話で申し譯ないが、今も世間で爆發的な人氣を博してゐる相變はらずの「亂坊ブーム」について書きたい。
 マイミクの皆さんからの「何が亂坊ブームだ!そんなの聞いたことねえつ」などといふ痛烈な罵詈雜言に僕は冷や汗しきりである。
 さて、この冷や汗に着目願ひたい。僕は、汗を我が體温冷却作用の副産物として掛け流しに流してゐる。平熱が皆さんより少しく高く、國難國事一大事に奔走してゐるので精一杯汗を流させて頂くその流量は、痩せた今でも三重の榊原温泉か、和歌山の椿温泉かと謳はれるほどの單位時間量を誇る(汗かきだといふことだ)。
 このご自慢の流量を誇る汗には、鹽分の他に僕、發汗舎亂坊の身體組成と類似の比率で樣々な物質が含まれてゐる。例へば、汗は微量の特殊な蛋白質を含有する。こやつめが芳しき我が加齡臭發生の下手人である。加齡はあたかも全身が、かの異性を魅了するジャコウ鹿のふぐりの如く分泌物により特別な臭ひを放つことなのだが、異性にとつて同じ「におい」でも「臭ひ」なのか「匂ひ」なのかで距離離隔か接近かのベクトル方向が異なる大きな分岐となる。ああジャコウ鹿よ、僕は君を羨む。僕の編み出したこの加齡臭の素晴らしい消臭法については…、おつと、これは同年代全男性讀者の希求する重要箇所であらうが、本稿目的から外れることとなるのでしばらく置く。携帶の打鍵を止められなかつたんだ、すまぬ。
 續ける。汗に含まれるのは上記の特殊蛋白だけではなく、各種アミノ酸や脂質、ミネラル類など樣々な身體を構成する成分を少量づつ含む。言ひ換へるならば我が「汗」は、いとほしき僕自身の分身であり「亂坊の原液」「亂坊の素」ともいえるものであることは、讀者紳士淑女の憧れ、若しくは嫌惡感を以てご諒解頂けてゐる事だらう。
 ところで、かねてから自宅のラボで鋭意研究してきたのだが、僕の汗1リットルをフラスコに集め、1.3ジゴワット以上の強力電流を瞬間的に流すと同時に紫外線を強力に照射すると、汗の成分中の有機質やアミノ酸が結合し未知の細胞組織として複製増殖を開始することがわかつた。これは太古の原始海洋で起こつた生命の發生の神祕をフラスコ内にて再現するに過ぎぬ。
 この未知の細胞をシャーレのカンテンに付着させ常温で培養すると、およそ2週間ほどで肉塊(亂坊肉腫)を生じる。この亂坊肉腫は未知の細胞で、學名を「ちつちやひ亂坊」(元語はラテン語)と呼ぶんだが、牛ホルモンのこてつちやんの端に付着する脂身に酷似してゐる。これがシャーレの上に成長して親指大のイソギンチャクのやうにびつしりと竝んで蕃殖する樣は壯觀である。これは臺所で手輕にできる培養實驗として、當時の學習研究社の「科學と學習」や誠文堂新光社の「子供の科學」誌上で「ちつちやひ亂坊づくり」として取り上げられたのは當時の小學生たちの記憶にも新しい。
 現在の世を席卷する一大亂坊ブームは、この小兒向けの「ちつちやひ亂坊」實驗キットが火付け役になつた感は否めないが、これが高齡者層に普及傳搬するのにさほどの時間もかからなかつた。齒の弱い高齡者にとつて美味芳醇なるちつちやひ亂坊を刺身で、また炭火で炙ることによつて、日本の高齡者の食生活が一新した。彼らは手輕に安全で衞生的な蛋白質を攝取できるやうになり、高齡者の滋養と健康は一氣に増進した…。
 なんか書いてて氣持ち惡くなつた。やめる。