第764回 防毒用仮面

若く、かつれていた頃は、
「飛沫が飛んでうつるのならば、あの子の風邪ならうつりたい」
などと、手拭い肩に掛けて楊枝くわえて鼻歌もんで街を流していたが、最近はそうでもなくなった。

現在、別に女子衆にかつれていない訳ではない。
今が、弱毒性から強毒性への変異の真っ最中、蔓延期でのウイルス進化の道すがら。そのご陽気な道中にあることが不安をかき立てる原因である。

だが、もう一つ、こっちも40面下げて
「あの子の風邪ならうつりたい」
となどと歌わせる「あの子」がいないのだ。

なんかこう書くと特定の誰かのことを言ってるみたいだが、そうではなくて不特定多数の中のある特定者としての「あの子」程度の意味合いでしかない。

齢40を超えて、僕はもはや「あの子」の存在など欲していないのかも知れぬ。また同級生フェチにとって「あの子」とは、大概が既に「あの人妻」であって、そのような人倫に反する行為を行うほどリーガルマインドが無いわけではない。

たとえ仮に「あの子」が同級生じゃなくても、殊に後代に残す相続の禍根や、そうでなくても書き直しがしてある我が戸籍などを考えると、「どの子」も飛沫が飛び交う至近距離に近寄るのは御免被りたいものだ。

大体、半径1m以内で結婚してきた僕だ。恋愛より前に結婚してしまう癖がある。

…いや、違う。そんなことが書きたいんじゃない。世界に恥をさらすために書いてるんじゃない。

こっちだ。

電車に乗ってみよう。

現在大阪市内では約4割の方がマスクをしておられる。じっくりマスクを見てみよう。

一体型(口部の布から耳掛け部まで同一素材の一枚物を型抜きしたもの)や、ゴム紐型(口部は一枚で耳掛け部が別のゴム紐等で出来ているもの)、またこのゴム紐型も一枚系(従来型)や正倉院壁的多段折り系(3〜6折り)、加えて最新の立体型(お顔にフィットする鼻形考慮系や狐の鼻系なども)などが見られる。

形状だけでなく、最近はカラフルになってきた。模様などもある。街はまさにマスクの花盛り。

パンデミック以降、進化したのは、ウイルスではない!マスクだ!

でも効き目は飛沫核をようやく除去できるくらいらしい。そもそもあれは感染者が飛沫をまき散らすのを防ぐための物と思うんだが。

ともかく地下鉄はマスク、マスク、マスク、だ。マスクマンだらけだ。

だれか一緒に地下鉄御堂筋線で、スーツ姿で自衛隊の防毒マスクを5人くらいではめて談笑してみないか。

それをきっかけにアッという間に防毒マスクが飛ぶように売れるはずだ。