第759回 晴乞源兵衛

雨だ。
いい若いもんがゾロっと傘をさして歩くなんざぁ、もう、みっともないたらありゃしない。雨に濡れて、溶けて流れて野へ行く訳じゃなし、男子男一匹大丈夫が雫の一滴ずつを避けて歩かにゃならんやなんて、己の小ささを示してるようで格好が悪いことこの上ない。
雨が降っていれば、男なら先ずは「止ませる」。男ならこう行きたいね。雨降りと分かっているなら、地下鉄に乗車している間にシキ神を放ち印を結んで心の護摩を焚く。これで大体は止む。どんなに降っていても、これで私の北加賀屋駅の降雨停止打率は八割を超えている。
しかしその日の体調により、止まぬはずだよ先がない、ちゅう時もある。雨が降っちゃうのは陰陽師としての失敗だ。私らクラスでも失敗することもある。鍛練がたらんのだ。これは真摯に反省する。
こういう時は諦めるに限る。階段地上出入口辺りで「うわっ雨やー」とか、「傘ないわー」と途方にくれている人たちを尻目に殺して、階段を上ってきた速度を変えず、ためらいなく雨の中に進み入るのだ。
男らしいじゃないか!ポケットに手を入れ、しかめっ面をして、百メートルほど歩き、おもむろに紙巻きタバコを取り出すと、バトラー船長よろしく指股深くタバコを挟み持ち、深く火を吸い付ける。みるみるうちにタバコも濡れて水滴のマンダラ模様になる。フィルタも濡れちゃって吸い込みが悪いが、これも男らしさを引き立てる!
全身これ濡れネズミ。しとどに濡れてパンツまでぐっしょりいったら、マイトガイ小林旭風にハスキーな声で
「♪雨雨降れ降れ、母さんが、蛇の目でお迎え、嬉しいな♪」と少しタイミングをずらしながら演歌調に歌う。
そして、この歌で声を張らない!新境地だ!ここだよ、これなんだよ!もう痺れちゃうだろ。マイトガイだぜ!イチコロだ。
誰だ、誰だい、読みながら失神してる淑女諸君は?読了してくれないと困るんだが。
まあ、たまには僕のように雨の中を傘もささずに歩いている民間人もいることにはいる。でも、その人たちと僕が圧倒的に違うのは、絶対に夕刊フジ週刊朝日芸能などを頭にかざし、雨を避けようとする素振りさえ見せないことだ。諦めがないんだ民間人は。僕は小手すらもかざさない。
これが、マイトガイ毒蝮三太夫の差であって、モートルの貞がどんなに頑張っても絶対、朝吉親分になれないところはここだ。
そりゃ僕だって濡れるのはいやさ。皆もいやだろ。特に靴下が濡れたら何もかもやる気がなくなる。靴が濡れた日にゃメソメソ泣きたくなるじゃないか。
でも傘は持ってない。
さっき阪急に忘れてきた。もう何千本、傘を忘れたか解らない。その度に買うのもアホらしい。
今から四ツ橋線で晴れ乞いの儀式をする。見かけても声をかけないでほしい、集中するから。