第757回 出家於紀州

夕方、妻から電話があった。こんな時間に、ないことだ。ウチは、僕の放牧状態なので、案外、改めての愛の告白かもしれない。
ふふふ、いつも僕はへりくだってばかり居るので、今日ぐらいは突き放してみるのもいいかもしれない。鼻の穴をふくらまして電話に出る。

「乱坊ですが、ふふふ」

「あんたっ!」
「へ?(ビクッ)」
「電卓あるか?」
「へっ?何です?」
「何遍も言わしな!で、ん、た、く!」
「あ、はい、ありますけど」

カバンから電卓を出す。

「ちょっとソロバン入れて」
「ソロバン?いや電卓ですが」
「黙って計算し!行くでぇ、55×18は?」
「はい、ポンカラキンコンカンと、990です」
「あんたは浜村先生か。990。よっしゃ覚えとき」
「はい、990ですね」

「次、ソロバン入れて」
「あのー、…どうしてもソロバンがご入り用でしたら買うてきますが」
「いらんこと言いな、55×12は?」
「はい、660です、はい」
「さっきは?」
「990です、はい」
「今のは?」
「はい、660です、はい。990と660です、はい」

「次!」
「あのーソロバンですか、電卓ですか」
「(流される)395÷990は?」
「えーと、約0.398です」
「次!345÷660は?」
「0.522です。大体0.4と0.5です、はい」
「わかった!(ガチャ切り)」

何をさせられたんだ?
395÷(55×18)
345÷(55×12)
かなり慌てていたようだが。
未だ学究の徒である彼女の研究に一役買えたのなら僕も鼻が高い。発達心理の統計かなんかで電卓を忘れたのだろう。
ほーらみろ、いつも偉そうに言っているが、彼女は僕なしではやっていけないのだ。
家に帰って待ってると、妻が大学から帰ってきた。大きな包みを持っている。

「大体あんたは一回の長さが長すぎる、ほんで何遍も行くし、酒ばっかり飲むからや」

55メートル巻き18ロール入りのトイレットペーパーを買ってきて下さった。
ドラッグストア・シルクで395円やったらしい。

「1mで40銭やと思うて尻を拭け」と説教された。
いつもありがとうございます。苦労かけてすいません。