第747回 自己顕示欲

フライパンにお気に入りのものがある。マイフライパンだ。明石で独り暮らしを始めた19年前に神戸の厨房用品店で買った。結構高かった。肉厚鉄板のいいフライパンだと店の親父が言っていた。
もちろんテフロン加工じゃないので、表面温度が上がってないとくっついたり、焦げたりする。また、キチッと油を引いておかないとすぐ錆が浮く。焼きが甘いなどと小便されては困るので、使用後はちゃんと洗って、キンキンに焼き切って、油を引いてしまっておく。
二人の妻を経て、度重なる引っ越しもして、僕の大切な物は沢山捨てられてきたんだけれど、このフライパンと、肉切り包丁、ペティーナイフ、砥石、そして独り小土鍋、これらだけは何とかその迫害をかいくぐり死守してきた。
僕はこのフライパンでオムライスを作るのがホン好きだ。オムライスが好きというのもあるが、なかなか上手く作れないのが、また男心や闘争心、向上心などを大いにかき立てるのだ。
タマネギのみじん切りを塩で炒め(子供が小さいので胡椒が使えない!嗚呼、悲劇である)、嵩上げに少しジャガイモもみじん切りにして入れる。火が通ったら、チキンライス用の悦子もぶち込んで炒め、ケチャップで味を調える。ケチャップを余り入れると下品になる。
ボールに出来上がったチキンライスを移し、一人一個換算で茶碗に卵を割り入れる。牛乳を少し、塩を少し。そこへ粉チーズを少し入れると娘等がキャーキャー言う程美味くなる。
油を引いてフライパンをキンキンに熱し、お布巾の上に置いて温度を少し下げて、卵を落とす。フライパンの上で滑らしながら玉杓子一杯分のチキンライスを乗せ、フライ返しなどは使わずトントン包むんだが、まあ、専門的な教育を受けてないので上手く包めない。でも何とかつじつまを合わせてオムライスらしく仕上げている。
どこかで、温度を上げていないとくっついてしまうのでは、という恐怖心があるので、いつも卵はしっかり焼いてしまう(いや、焼けてしまうと言った方がいい)。ちょっと芙蓉蟹か天津飯の玉子焼みたいになっちゃうんだ。
もっとプロが焼くみたいに美しく仕上げたいのだが、くっつかないで!という気持ちに、なんとなく、こう、メンタルな部分で負けてしまう弱い自分が居ることに気付く。
もうオムライスだけでも軽く280皿ほどは焼いてるはずなんだが、玉子の焼き加減と包み方にはホトホト手を焼いているので、一度、大阪ガスクッキング教室なんかで、手取り足取りオムライスの焼き方だけ教えて貰える、オムライス専科(そんなものがあればだが)にでも入りたいと願ってる。他は何も教えて貰わなくても良いからオムライスだけ仕込んで欲しい。
この日は岩国の妻の実家から送られてきたタマネギの茎も一緒に刻んであるので、あたかもグリーンピースが入っているかのように見えるかも知れないが、オムライスにそれを入れることを強要されたら、僕は自爆してでも阻止するだろう。
写真の玉子の焦げ加減を見て、僕が直面している問題に効果的な提言を下さる方があれば大いに取り入れたい。世のオムライサーたちの助言を心待ちにして筆を置く。