第739回 高級寿司店

妻が授業で、僕が幼稚園バスの迎えの当番だった。
マリエ先生がまつ梨とのご挨拶を終えて、僕に話しかけてきた。

「今日は天寧姉ちゃんの8歳のお誕生日ですよね」

天寧も同じ幼稚園の出身で、マリエ先生は担任であった。
また僕は謝恩会の司会を務めたこともあって先生の覚えはよい。
(※ 至極タイプである。同級生でないのが残念だ)。

「まつ梨ちゃんが、今日はお姉ちゃんのお誕生日だからみんなでお寿司を食べに行くって言ってましたよ」
「ほほお、まつ梨も上手にお話しできるようになったねえ」

実際、5歳のこの娘、嫌みを言ったり、僕に反抗したりするときの言葉選びに尋常でないものを感じるときがある。すごい言い回しをするのだ。嫌みなど絶品だ(親ばかではない、手を焼いているのだ)。

先生は笑って続ける。

「家族みんなで、くら寿司に行くってクラスでみんなに言うてましたよ。一皿100円やからどんだけ食べてもいいってお父さんが言うって(笑)。まつ梨ちゃん、自分のお誕生日には絶対マクドナルド行くーって張り切ってましたー。外食なさらずご家庭での素晴らしい食育だと園長も感心しています」

まつ梨、要らんこと言わんでいい。
食育じゃないんだ。確かに、外食なんて全然してなかったから天寧がレストラン行きたいというので約束していた。

でも、まあ、なんだ、何があれで、そのー、まあ今、何だから(ゴニョゴニョ)、ねえ、解るでしょ(ゴホゴホむせる)、表現舎は余り贅沢はできん。

くら寿司は恐らく外食産業協会の会員でレストランであることには違いないし、回転寿司でも寿司は寿司だ。
「全皿一〇〇円からの贅沢」がキャッチフレーズの無添くら寿司だから贅沢するわけだ。嘘はつい取らん。

しかし、まつ梨もマクドナルドで張り切るなよ。かっこわるいがな。
園長にも聞こえてるし。

幼稚園バスを見送って、マンションの管理人のおじさんのところへまつ梨が走っていって抱っこして貰っている。このおじさん、実に良くしてくれるんだ。

僕が近づくと、

「上のお姉ちゃん今日お誕生日でしょ。昨日まつ梨ちゃんに教えて貰いました。おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」

いやな予感がした。

「なんでも今日はご家族でくら寿司に行かれるそうで、まつ梨ちゃん喜んでましたでー。何食べてもええねんちゅうて」

やっぱりだ。犯行は既に行われていた。
一々、くら寿司くら寿司て言わんでもええやないか。
寿司て言えよ、聞こえがええやろ。

エレベータのところで掃除のおばちゃんが天寧に話しかけている。
このおばちゃんは天寧を気に入ってくれていて、いつも何じゃらと声をかけてくれる。

「お誕生日おめでとう、8歳やね」

まずい。おばちゃんは秘密を知っているのか。

「よかったねえ、くら寿司行けて」

あちゃー。まつ梨め、全部喋ってやがる。

「まつ梨ちゃんは6月やね、マクドナルド」

もうやめてくれぃと思った。
その後、同じマンション二階の山川さん、同じ階の奥野のおばちゃんも、くら寿司の秘密を知っていることが解った。
喋りすぎだ。マフィアなら消されてるぞ。

お前はくら寿司からナンボか貰っているのか。広告塔か。
今度からくら寿司のことを高級寿司店と教え込んでやる。
マクドナルドやびっくりドンキーは西洋料理店だ。
固有名詞はさけた方がいい。

大体、まつ梨は声が大きく、張らいでもええとこでも張るし、要らんことを延々べらべらべらべら喋る。
血液型はBで同じ血液型同士で僕は難儀している。

被るんだ、キャラクターが。家に同じ芸風は二人要らん。