第733回 休眠大御所

半世紀になるなんとする落大の歴史に於いて三指を挙げればそれは誰か?
其の全てを総覧してきた十巣師がカウンタの中で煙草をくゆらせポツポツと語った三傑に、彼の名はあった。
以前からお誘いしていたのだが、落語はムリ、もうムリだと固辞に次ぐ固辞を表明されていたのだ。

難波のおでん屋。じゃが芋を割りながら私は言う。
「あなたは落大三傑なんだから、早く舞台に帰って来て下さいよ」
彼は素早くクイックで返す。
「誰がインケツやねん!オドレ失礼なヤツやな。おばちゃん!糸にょんにゃくと生ユバね」
「違いまんがな、落大三傑!」
彼は箸をパラリと落とすと「うぐあああ、呼吸があああ」と喉を掻きむしる。

「…酸欠ですね」
「ああ、そうだ…」

何事もなかったように二人は力なく微笑んで乾杯した。
一軒目、基調は固辞。

川岸を代えて蕎麦屋にて、蕎麦焼酎蕎麦湯割り、うるめ、だし巻き。

「なぜですか、その固辞は?」
「うむぅ…、着物がない」
(イケる!断る理由が無くなっている!)

乾杯乾杯更に乾杯。

最後を笊で閉めて満腹ホロ酔いの瑠畔さんは、なんば駅で別れ際、手を振りながら、
「着物あったら落語するわー」と叫んで、人混みに紛れていった。

さあ、着物だ。