第731回 生霊

私はいつも人が歩いているのを見ると、頭の中で効果音をつけてしまう癖がある。
終電車に乗ろうと急ぐOLなぞは「タタタタタ」と足の動きに合わせ効果音を入れて、ふむぅと唸る。ピッタリだ。
風呂屋帰りのヘップを履いた爺さんなんぞは概ね「ペタペタペタペタ」である。余りに適していると吹き出してしまう。
当然、煙草の火を着けようとその人が立ち止まれば、それに合わせて「ペタペタペ、ペタペタ…」とやる。
太っちょならもちろん「ドーンドーンドーンドーン」と行く。
可憐な女学生なら「フワッフワッフワッフワッ」でいいだろう。
皆さんも一度やって見るとよい。街歩きが随分と楽しくなるはずだ。

その人は、後姿が何だか周囲から際立って浮いているように見えた。
四つ橋梅田駅、午後四時半。南改札を出る直前だ。
歩くスピードが遅いからだけじゃない、何だ、この違和感は!
恰も都会の喧騒の中に舞い降りたアチラ側の何か…!
身構えた。見えてはならない、他には見えない得体の知れないものが、僕に、嗚呼、僕にだけ見えているのではないか?
動悸が高鳴る。いやな汗が首筋を伝い走る。

皆さんに解りやすく説明しよう。
改札へ向かう全員が「コツコツコツコツ」と同じスピードで歩いているのに、その人だけが「ひょこたん、ひょこたん、ひょこたん」と歩いているのだ。
それも思いっきり改札前の人の流れを停滞させている。
スーツを着て鞄を持って、ビジネスマン風体!あり得ぬ!ひょこたんビジネスマンなんてあり得ぬ!

どんな顔してるねん、このひょこビジは!

シューッと前に回ると、ああ、めろんさん!


近付いていこうとしたんだが、あの人はフワッと雑踏に消えた。
生き霊だったのかも知れぬ。

この後、もう一人落研関係の人に出会うんだが、それはまた次回に。