御堂筋の仲介屋を出て良則君に言つた。
「今日もやるべきこと精一杯やつたよな」
あ、さうや、後一本電話しとこに。電話をしながら歩道から御堂筋の車道を見た。停車中の高級車。立つて主人を待つてるらしい運轉手。
何かを喋つてる。こいつおかしい!絶對おかしい。
…待て、これ、なんか、見たことがある姿やぞ。あつ!これ、ネタ繰りやん!首を左右に振つてネタ繰りやん。
お若いけれど運轉手さんは落語の人?待てよ、この車の主はどなたなの?大體ご主人はどこに行つてるん?
えーと、歩道を挾んで向かひは…、げつ!アルマーニ!フワァ〜!アルマーニやんかいさ。
誰?だれ?ダレ?行つてみよ。アルマーニ入ろ。ちよつと太つちよには入りにくいけど入ろ。
良則君、ついといで。大丈夫や、大丈夫や。
店内に侵入。冷たい視線。ん?大丈夫や、ないな…。なんか空氣が…、違ふぞ…。
こら、笑ひな、笑ひなつて。良則君がクスクスと笑つて小聲で言ふ。
「隆宏さん、アルマーニ似合はん男、日本一ですなあ」
「うるさいつ」とワシ。
アーァ、店員さんらも、ワシ買はへんと思てるな!探してんねやがな、咄家の人を。
恐る恐る一階、二階まで上がる。依然として冷たい視線…。らしき人は居らぬ。
おらんなあ。誰やろか。間違ひやつたか?その時、後ろからチャラチャラチャラと雪駄の音。
「來た!」
振り向くと着流し姿。見慣れた顔にびつくり。
「あ、師匠!おはやうございます!」
「おー、亂坊」
三枝師匠だ。なんか嬉しい。師匠の第一聲。
「お前、買はへんやろ」
「ほつといて下さい」
クイックで返す。入つてきた譯を子細に申し上げる。
「さうか、さうか」
アルマーニのVIPルームへ。店長さんと名刺交換。高級カシスジュースを飲んで少しく懸案と仲間の近況を話す。
店員の皆さんの扱ひが變はる。視線が温かい。
アルマーニの香水のサンプルと物凄いカタログを、ロゴの入つた紙袋に入れて貰ふ。
お車を送つて、師匠に別れを告げ、御堂筋を南へ向つて歩き出す。
「面白いこともあるもんやなあ」と二人で關心する。
アルマーニの紙袋を持つた僕を見て良則君がケタケタ笑つてまた言つた。
「隆宏さん、やつぱりアルマーニ似合はん男、日本一ですわ、こりや誰にも負けまへんで」
「じやかましいわい!」とワシ。
最近、本當に部員によく出會ふ。怖いわ。