第360回 部員檢知器

 御堂筋の仲介屋を出て良則君に言つた。
 「今日もやるべきこと精一杯やつたよな」
 あ、さうや、後一本電話しとこに。電話をしながら歩道から御堂筋の車道を見た。停車中の高級車。立つて主人を待つてるらしい運轉手。
 何かを喋つてる。こいつおかしい!絶對おかしい。
 …待て、これ、なんか、見たことがある姿やぞ。あつ!これ、ネタ繰りやん!首を左右に振つてネタ繰りやん。
 お若いけれど運轉手さんは落語の人?待てよ、この車の主はどなたなの?大體ご主人はどこに行つてるん?
 えーと、歩道を挾んで向かひは…、げつ!アルマーニ!フワァ〜!アルマーニやんかいさ。
 誰?だれ?ダレ?行つてみよ。アルマーニ入ろ。ちよつと太つちよには入りにくいけど入ろ。
 良則君、ついといで。大丈夫や、大丈夫や。
 店内に侵入。冷たい視線。ん?大丈夫や、ないな…。なんか空氣が…、違ふぞ…。
 こら、笑ひな、笑ひなつて。良則君がクスクスと笑つて小聲で言ふ。
 「隆宏さん、アルマーニ似合はん男、日本一ですなあ」
 「うるさいつ」とワシ。
 アーァ、店員さんらも、ワシ買はへんと思てるな!探してんねやがな、咄家の人を。
 恐る恐る一階、二階まで上がる。依然として冷たい視線…。らしき人は居らぬ。
 おらんなあ。誰やろか。間違ひやつたか?その時、後ろからチャラチャラチャラと雪駄の音。
 「來た!」
 振り向くと着流し姿。見慣れた顔にびつくり。
 「あ、師匠!おはやうございます!」
 「おー、亂坊」
 三枝師匠だ。なんか嬉しい。師匠の第一聲。
 「お前、買はへんやろ」
 「ほつといて下さい」
 クイックで返す。入つてきた譯を子細に申し上げる。
 「さうか、さうか」
 アルマーニのVIPルームへ。店長さんと名刺交換。高級カシスジュースを飲んで少しく懸案と仲間の近況を話す。
 店員の皆さんの扱ひが變はる。視線が温かい。
 アルマーニの香水のサンプルと物凄いカタログを、ロゴの入つた紙袋に入れて貰ふ。
 お車を送つて、師匠に別れを告げ、御堂筋を南へ向つて歩き出す。
 「面白いこともあるもんやなあ」と二人で關心する。
 アルマーニの紙袋を持つた僕を見て良則君がケタケタ笑つてまた言つた。
 「隆宏さん、やつぱりアルマーニ似合はん男、日本一ですわ、こりや誰にも負けまへんで」
 「じやかましいわい!」とワシ。
 最近、本當に部員によく出會ふ。怖いわ。