第113回 獨り小村壽太郎

 飛び石飮酒令は、着實に運用されてゐる。飮まない日は別に辛くない。
 問題がある。
 飮まない日がある分、飮める日は、目一杯飮まうとする弊害があることがわかつてきた。飮んで歸つて、近所の燒鳥屋に再度寄つたり、家に歸つてクッと一合だけ飮んだり、酒への卑しさや未練が爆裂滿開してゐる。
 日付が變はる12時の時計の針をみて、杯を置く姿なんぞは、かのシンデレラ孃のごとく可憐である。淡く切ない。
 酒量は俄然多くなり、醉ひもすこぶる深く、飛び石飮酒令は返つて體に惡い可能性すらある、といふのが我が陣營の見解だ。
 昨夜歸つて、醉つたふりをして、妻にその全廢をそつと提案したら、右の小鼻を膨らまし、彼女は深く深呼吸した。結婚生活のベテランである僕のソナーが敏感に反應する。
 まづい。敵魚雷の發射の兆候だ。何かを喋らうとして、感情を澑めてゐる。こゝからの下りが受諾であらうはずがない。全彈命中のその前に、わが艦は敏捷に囘避行動をとつた。
 「そ、さうやな、まだ始まつて一週間も經つてへんもんな」
 僕は、日本人特有の曖昧な笑みだけを殘して、速攻、默つて寢床に潛つた。
 
【陣中日誌】

朝、夕べの竹輪スープ。
晝、なかうの牛丼。
晩、藤代さんの店で親父と痛飮(寫眞なし)。