第81回 旅立ち

 昔から機械もんは嫌ひぢやない。特に電氣仕掛けのものは、その性能の限界まで使ひ倒してきた。
 機械を擬人化してしまふ癖がある。パソコン、攜帶、掃除機、パンツプレス機、冷藏庫、車、ラジカセ、洗濯機、電子レンジに炊飯器…。そしてそれらの器としての家。みんな名前や愛稱が付いてゐる。
 觸れたその日の音、振動、熱を感じる。調子が惡くなるとその症状の再現に、改善に、フローチャートを書いて場合わけして原因究明、メーカーと復舊にむけ話し合つたりしてきた。
 古くなつたからと言つて買ひ換へるのは肌に合はん。それが縁あつて出會つた機械もんへの禮儀であると信じるからだ。
 
 昨日、拙宅テレビの不調はお知らせした。昨日に續き今日である。テレビの音が一瞬大きくなつた。今から考へるとあれが斷末魔であつたのだらうか。最後の言葉は、みのさんの「ほぉーつとけない!」だつた。
 プッスン…。スイッチの横の電源LEDランプが、ターミネーターの最期よろしく次第に暗くなつていく。
 家族全員が「あつ!」と聲をあげ、顏を見合はせた。まつ梨は泣き出してしまつた。基盤のロウの臭ひが一筋…。技術の楠田先生の香りだ。
 恐らく電源部、殊に變壓器または定電壓裝置邊りの短絡と思はれる。これはもう終はりであらう。部品もないだらうし、修理すれば新しいテレビが買へる。
 製造は九十六年十二月。世紀を跨いだ十年もの間、仕へてくれたこのテレビ…。僕は十年、君を見つめてきたのだが、君がブラウン管から覗いてきた、僕の、僕たち家族の十年はどう見えたのだらうか。再婚、出産、育兒、事業…。僕にとつて激動の時代ではあつた。
 僕たち家族は、君を中心に團欒した。もつと君と暮らしたかつた。僕は君のことを忘れることはないだらう。ありがたう…、そして、さやうなら…、ジョン。
 
【陣中日誌】

朝、あきらめた。
晝、無理だつた。
夜、素麺と鷄大根の煮物、野菜サラダ、日本酒。