第18回 お壽司が好き

 寄席打ち上げの宴席で、隣りに座つてゐた圓九君が言つた。
 
 「やつぱり、よー食ひまんなあ」
 
 確かに腹は減つてゐた。舞臺の前は昔から食べないやうにしてゐる。腹ペコで夕方を迎へた。
 私は平靜を裝つて言つた。
 「あゝ、朝から何も食べてゐないからな」
 笑太郎さんが前の席で夢中になつて話しておられたが、左右の人に目線を振りはる度に(= 壽司の皿から笑太郎さんの目線が外れる度に)、私は握り壽司を一つずつ口に入れていつた。バレるはずがない。物凄いペースで食つてゐるが誰も私を見ちやあゐない筈だ。誰も知らない、知られちやいけない。私が目論んでゐることを。
 せつせせつせと食つてゐたのだが、卑怯にもかの圓九君は、横目で私の手元口許を觀察し、ほゞ皿が空になるのを見定めて私に言ひ放つたのだ。
 
 「やつぱり、よー食ひまんなあ」
 
 やつぱりとはなんだ。やつぱりとは! 「失禮な奴だ」
 
 心の中で惡態を突きながら、私は殘二貫となつた笑太郎さんの前の壽司を諦め、反對隣りの千太さんの前の壽司皿に照準を當てた。幸ひこの皿には誰も手を付けてゐない。この皿は私の獨壇場だ。
 しかし油斷はでけぬ。圓九君に背を向けて大きな背中で新・壽司皿を隱した。若い子がビールを注ぎに來る。ビールなぞいらぬ。茶だ。茶をくれい。私はほんとは酒飮みぢやない。飯食ひだ。壽司食ひなんだ!酒を注ぐ暇があつたら、壽司皿を集めて來い!圓九君に見つからぬやうに壽司皿を集めてくるんだ!
 私の前に壽司皿を、全ての壽司皿をっ!
 私は、ふふ、と笑みを浮かべながら、圓九に背を向け心の中で絶叫してゐたのだ。
 
 サンモの中心で壽司好きを叫ぶ。(せかちゆう風) 壽司が好きたからぁ、お壽司のお酢が好きたからぁ(ちようたうげん風) それくらゐ、お壽司が好きなんだよ。

【戰鬪詳報】

朝飯 りんご
晝飯 亂坊式オムレツ(包み失敗) シュウマイ 練り物 きゆうり鹽もみ
晩飯 鳥のすき燒き(實家)