第4回 ○○君(伏字)

 彼の名譽の爲に此處は敢へて伏字とする事をご諒解願ふ。余の高校時代の級友に○○君がゐた。席隣にして殊に懇意であつた。或日の辨當の時間、此の○木君は、余に向かひて誇らしげに斯く云つた。
 
 「おい、俺の今日の辨當『松茸ご飯』やぞ!」
 
 余は驚いて云つた。
 
 「まぢか、青○!見せてくれ」
 
 何故驚いたか。余は炊き込みご飯を好む。好むからこそ其の性質をよく知る。炊込みご飯は脚が速い。辨當に炊き込みの優たる松茸ご飯とは…。違和感を感じた。
 余は推理した。餘程の豪族でない限り、朝つぱらから辨當の爲に松茸ご飯を炊く事等あり得ぬ。然し乍、此のあ○き君は豪族ではない。それどころか、どちらかといふと松茸ご飯をあり得べからざる物とて余に自慢して居るのだ。庶民たる證しである。といふ事は此の「ブツ」は夕べの殘骸ではないのか!余は殺那的に悟つた。
 
 「危ない!」
 
 案の定であつた。ドカ弁の中一面に入つた松茸ご飯を頬ばる○おき君は、其の大半を食べた後、余に斯く言ひ放つた。
 
 「松茸ご飯といふのは、絲引いて食べ難い物だなあ。」
 
 余は、彼が餘りに清々しき笑顏で感想を述べたが故に、たつた一言はつきり言ふてやれなかつた意氣地なしだ。彼は下痢で學校を二日休んだ。原因不明とされた。
 さもありなん。お母樣は正常な松茸ご飯を辨當に入れられた。彼は松茸ご飯は絲を引くと思うた。原因が知れやう筈もない。
 余はあの松茸ご飯に異常があつた事を二十五年間隱し通したものゝ、もう無理である。斯くの如き重大事項の隱蔽を此の余丈に押しつけた社會を憎む。殊に此の季節、松茸の季節には隨分と苦しむ。
 されど、もうよいであらう。四半世紀經つた。今だから言へる。
 
 「青木、あれ、腐つてたで」。
 
 あ、名前、言ふてもた。