第1070回 サカエマチ1番街 歳末売り出し 告知

 日曜日。
 池田市では、歳末の市内需要を拡大するために「ふくまる商品券」という地域通貨を発行する。1億円を売り出し2千万を市が負担し、エンドで瞬時に利回り20パーセントのベネフィットがあるお得な地域通貨であると聞いた。
 この販売所である市役所で「当該地域通貨をサカエマチ一番街で利用すると、歳末のガラポン抽選会の抽選券が、キャッシュによるお買い上げの2倍多くもらえる」ということをあまねく市民に言語を用いて告知せよ、というのが今回のミッションである。表現舎は生きていくためにこのような請負も辞さぬ。何だって信義則に合致すればそれをお伝えするのだ。
 かけ流しである。前日のクールさんのお引き廻しを形にする良い機会である。2時間ほどかけ流す。
 さて、MCは僕だが、チラシ配りは豊能大姉(5X)と、訳あって敢えて仮名とするが、他大の1回生女子N嬢(18)が行ってくれた。
 N嬢は他大ながら礼節を知り、賢く、可愛い落研女子である。途中、マイクを譲り、僕の知り得ることを伝え、昨日仕入れたての新・秘訣なども交え助言を尽くす。他大とか糞とか関係ない。求める者であれば、僕が到達している世界など大したことはないのであるから全部見せてやる。
 彼女は当初、ぼくとつとした喋りながらも、初々しい恥じらいを以て大衆にお伝えしようと奮闘していた。が、はずかしながら表現舎、いつのまにやら忘れ去り、どこかに置いて来てしまった「何か」を思い出させてくれて、大変好感を持った。
 天寧が9歳である。あと9年もすれば娘もこのようなお嬢さんになるかも知れぬと思うと、伝えてやりたいことがたくさんあることに気づく。
 大学のお稽古の話になる。クラブは非常に自由な気風であり、落語の稽古も下を見る、という文化がないと聞いた。どうやって基礎を培うのかという疑問を抱く。機会があればお伝えできることもあるだろう。門を叩くか叩かんか、それだけだ。
 
 面白い話を聞いた。
 なんか親近感があると思っていた。聞くと、お父様はなんと関大卒でいらっしゃるらしい。また出てきたか、関大卒。まったくどこにでも居るものだ。関大卒は兄弟のようなものであり、ま、いわば、彼女は姪御のようなものだ。
 
 まだ彼女は自分の父親に落研に入ったことを言ってないという。お父様は非常に厳格な方らしい。
 僕は、姪御に一計を献策した。こうだ。
 
 厳格であらせられるお父さんに、僕は、関大の後輩であって、折り入ってご相談があるとアポイントを取る。当然、お父様は「一体なんなんだ」といぶかしがるだろうから、「いや、ちょっと、娘さんのことで…」などと意味深に自宅までご訪問できるよう誘導する。
 当日、大安の日を選び、スーツを着て彼女の自宅に行く。手土産には1升瓶2本をくくり熨斗をかけたものを持参。到着すれば「まずは」と仏壇にお参りをさせて頂く。僕はお父さんに自己紹介をして、おもむろに
 「さて、今日ご訪問したのは、」
と、切り出す。
 お父さんは、金か、ヤカラか、脅しか、何だ?と身構える。
 僕は、ソファーからガバと絨毯にジカ坐りし突然、土下座する。
 で、ここで、だ。このタイミングにそれまで自室に居たはずのN嬢がノックもなしに部屋に入ってくるのだ。そして思いつめた面持ちで僕の斜め後ろに正座して三つ指を付くのだ。
 お父さんは驚く。僕とN嬢の間で目線を3、4度往復させ、息を飲む。まさか、という疑念が頭によぎるが、彼はその浮かんだ最悪の想像を頭を振って消し去ろうとする。
 僕は少々押し殺した、それでいて気合の入った低く響き渡る声で言う。
 
 「お、お父さん!」
 
 お父さんは、ここでソファーから半立ちになり、僕を極悪人を見るような顔で睨み付けるのだ。
 「な、なんだ、なんなんだ!き、君のような男に『お父さん』と呼ばれる筋合いなどない!」
と叫ぶ。彼はまた娘を睨み付ける。大切に、てしおにかけてはぐくみ育て上げてきたまな娘。目に入れても痛くない愛する娘が大学に入って一年も立たぬうちに、こんな中年男と乳繰りあっていたのか!何をやっているんだ!俺は、俺は、夢でも見ているのか。こんな悪夢一刻も早く醒めてくれ!
 お父さんは、慌てふためいて妻の名を連呼する。
 「泰子、泰子、お茶なんてどうでもいい!お前もこっちへ来てN子に何とか言ってくれ」
 お母さんは呼ばれて部屋に入るなり、男(僕ね)と娘のただならぬ様子に、瞬時に事態を理解する。自分と10年かそこいらほどしか歳の変わらぬ中年の、それも得体の知れない「表現舎」などという男と契りを結ぼうとしているというこの異常事態に、彼女は腰が砕け貧血気味に一言絶叫する。
 「ほたら何かぁー」
 そして、お父さんにしだれかかる。もはや修羅場である。僕は続ける。
 「む、娘さんをっ、娘さんをー!」
 お父さんは立ち上がり怒鳴る。
 「やめろー!やめるんだ!娘はそんなことを望んどらーん!」
 そこでダメ押しだ。N嬢が金きり声で叫ぶ。
 「お父さん!聞いて!この人と、いや、乱坊さんと随分と話し合って決めたことなの!」
 お母さんは気を失う。お父さんはうなりだす。
 「うぅぅ、ゆ、許さん、絶対に許さん。乱坊とやら。お前を亡き者にするため刺し違えても良い。絶対に許さん!」
 僕は続ける。
 「娘さんをー」
 「ならーんー、絶対ならーん!」
 
 「娘さんを、    落研に入れてあげて下さい」
 
 「は?、落研?」
 
 「そう、落研
 
 「はへ?え?『嫁に下さーい、じゃないの」
 「はい、落研です」
 
 「なんだ、落研か。落研、おお、いいじゃないか。N子、どんどんやりたまえ。」
 「お父さん、入ってもいいの?」
 「父さんは結婚かと思ったじゃないか。落研のことだったのか。おお、いいねえ。落語、わしも好きなんじゃよ。おーい、泰子、アツカンをじゃんじゃんつけなさい。あの駅前の寿司屋、そうそう寿司清から特上握り5人前取りなさい。魚正に電話して造りをバンバン持って来させなさい。祝杯じゃ、今夜は祝杯じゃ。さあ、乱坊さん、ご指導よろしくお願いしますぞ。おお慶事じゃ、今宵は大いに飲み明かそうぞ」
 
 こうなることは火よりも明らかである。
 
 僕は、このお父さん役をやりたい。感情の表現はアップダウンものすごい。演じがいがありそうだ。