第1055回 仕事選ばぬ男の仕事選び

 後輩某より着電あり。詳細に記すと差支えがあるかもしれぬ。某で許されたい。
 
 曰く、「乱坊さん、かつて世話になった人が選挙に出るんで、その事務所開きの司会を探すよう頼まれているんですが…、どうですか?」
 
 来た。政治系の司会だ。こういう依頼は随分と気をつけんといかん。心して掛かるべきだ。

 選挙運動に関わってきた者として、過日、選挙の初心者を対象として、その戦い方について講演をせよ、とのご下命を受けたことについては既述した。某政治家の後援会青年部の皆さんへの講演の「心」の速記を開陳する(実際、時間がなくてここまで言ってない)。

 「(前略) ここに集う方々は、彼(某政治家)の後援会青年部として彼を強くご支援して下さっている皆さんでありますから、いわゆるスノッブでないことはよくわかっております。しかし、私は、自らの整理のため、また皆さんと想いを共有するため、改めて申し上げておきたい。
 われら一般国民には、政治に向かうとき二つの立場があります。単に票を投ずるだけの『投票者』としての立場と、あなたがた同様の、政治家を支援する『支援者』としての立場であります。
 『投票者』が、情報量の少ない中、邪まな報道アジテーションに惑わされず信念を持って適任候補者に投票するのは至難の業です。誘導されて、愛国者を装い亡国への誘ない為す煽動政治家デマゴークらに『思いつき』で票を投じるのは衆愚政治の極みです。現在の日本国の迷走はまさにその鮮やかな結果であって、迷走の元凶は『投票者』らによる、任に適さぬ候補への投票の積み重ねであり、衆愚化を防げなかった − みんなの『思いつきの投票』を防げなかった『支援者』を含む国民すべてがその不利益を享受するのも自業自得、当然の理でありましょう。殊に外交などは明治以降の先人のご努力を水泡に帰さしめる結果となっていることはまったく残念なことです。甘んじて国民全員でこの受難の時代を経ねばなりません。
 確かに、あの頃、『チェンジか、堅持か』の究極の選択は双方問題のある選択肢でありました。街で『いっぺんやらしてみたら…』というスノッブたちの妄言もよく聞きました。彼らは今も同じことを言ってくれるでしょうか。どちらが、どこが良いというわけではない。行き過ぎた偏りは必ずや将来の子孫に甚大な被害を与えるものとなることにも、我々はようやく気づいたところと言ってもよいでしょう。
 この『投票者』の立場とうって代わって、あなたがた『支援者』には『投票者』とは異なる重要な責務があります。『支援者』は『投票者』よりも候補者に近い立場にあります。まずは『候補者』その人が真にその任に適するかどうかを十分に見極めなければなりません。尊敬に値する大人物であるなら問題ないのですが、そうでないときは本人や参謀本部を罵倒してでも誤りがあるなら修正させ、自分が理想とする候補者像に近づけること ― 候補者支援適格の判断と育成 ― が『支援者』第一の重要責務なのであります。万一、人格すなわち、思想信条、見識、処理能力、背景、人柄などが実に任に値しない小者であると見極めたら、躊躇なくさっさとその陣営を立ち去るべきであります。
 繰り返します。『支援者』というのは、候補者のすばらしい人格に触れて感動し思わず手を取って喜び合うこともでき、誤りを正すに手をかけてぶん殴ることもできる距離に立つことです。小者であれば立ち去る自由もあるのです。それができるのが、それをしなくてはならないのが『支援者』なのです。
 なぜなら、あなたがたお一人お一人の選挙応援の履歴というものは、あなたご本人がどう言い繕っても、それはあなた自身の政治活動の経歴書であり、あなたの思想信条を如実に表す重要なメルクマールとなってしまうからです。自分だけではなく、住民の代理人を選ぶのですから、選挙は一戦一戦命がけです。またそうでなければなりません。
 候補者を知らないのに『世話になった人に頼まれたから手伝いを…』などと明確な理由なく盲目的に選挙運動を支援するのは、候補者が小者であるとき、『私はこんな小者を押す程度の下らない人間です』という看板を掲げて歩いてるのも一緒です。それは最も避けねばならない。候補者を知らなければ知る努力をしましょう。得体が知れないなら支援などしちゃいけません。
 保守系の家系に生まれながら、単なる思いつきや流行で革新系を一時期支援したことは生涯ついてまわります。組合系を押していると聞いていたのに退職した途端、保守系の事務所に現れる方を見ると、この方の信条は一体何なのかと小首を傾げてしまいます。
 支援の履歴は、時系列に並べると、あなた自身がどんな社会をつくりたいかを示し、あなたがどんな人間なのかを如実に表す一理塚となるものです。おろそかに選択してはなりません。へたな履歴を残してしまうくらいなら選挙になど関わらない方がましであることを先ず以て申し上げておきたいと思います。(以下『支援者』としての選挙運動の戦い方の項省略)」
 
 候補者の状況を彼から聞いた。僕は候補者を充分に知らないが、伺ったご出馬の瀬踏み行為の経緯を聞くと何がなさりたいのかよくわからない。ともかく政治家になりたい人のようだ。ご健闘を祈り、僕はご依頼をお断りした。
 後日、某の日記を読むと、某が司会をするということになったようだ。彼のフィルターを通過した候補者のご健闘を期す。