第870回 砂九感謝祭場内係

【11月21日土曜日】
心斎橋夜勤開け午前七時。関大心斎橋オフィスの前で今日の寄席に想いを馳せる。意気に燃え期待に胸を膨らませ僕は言った。
「帰ろ」
帰るんかいな。そうだ早すぎる。
帰宅。風呂。装束に悩む。寄席の格好は学生服なんだが40面下げて詰入りはあり得ぬ。スーツか。
集合。バリッとアホ面が並ぶ。頼もしいアホ面だ。一気に20年以上の時間を超えてクラクラする。ここだ、僕や僕らが生きる場所はここなんだ。
準備。楽しい。おにぎり三個。
迎賓。開演までに8割。僕は「目映く光輝く場内係」役を好演。本当は出たいが演者洩れした出たがりの中年男性の悲哀をスクリーン一杯に描き切った。
開演。全部じっくり見た。
つぼみ姉司会。高まった姉の周波数に暫くしてお客様自身がチャンネルを合わせる。お客様を軽く引っ掻けながらサクサク進む。暖かい。
一番手、来舞兄「寄合酒」。夏の選手権参加作品である。枕から前半、構成・テンポ快調にして安定。舞台上から兄として弟である私の胸ぐらを掴んで「乱坊!積み重ねるとはこういうことじゃ!」厳しく僕にご教示頂く。拝してその教えを受く。
料理の下りからの後半、若干減速し舞台から後ろへ体感1メートルほど下がられる。舞台前1週間連日のように後半のことをご心配為されていた。舞台上から兄として弟である私の胸ぐらを掴んで「乱坊!心配事があって切っ先が鈍るとはこういうことじゃ!」
厳しく僕にご教示頂く。拝してその教えを受く。

童楽師「堀川」34年ぶりの舞台と承る。僕はこの人の大学寄席の堀川を用向きの行き帰りに聞いている。噺中の喧嘩極道の無茶ぶりに随分と酔い憧れたものだ。
舞台前、師には顔色がなかったように思う。34年という歳月はこの喧嘩極道のキャラクターをして、柔和な母への優しさを秘めた好漢に変貌させていた。新たな表現者の復活に下座、関係者、客席、そして光輝く場内係が手に汗握った。そして僕らはその再誕の証人となった。

やん愚兄「馬屋火事」。
笑鬼師「上燗屋」。
らいむ師「ねずみ」。
感服つかまつった。演者が見えない。人物、感情、運び。僕は、関大の落語大学の系譜に名を連ね、その末席に引っ掛かっていることを心から喜びたい。口調やテクニックで運ぶを憧れそうになる落語を、「そうぢゃないんだよ。腹と、人生と、感情。トータルにその人間というもの自体が問われているのだよ」と、まるで首根っこを掴んで糞尿(ふんし)の仕方を教え込まれるような心持ちがした。
薄っぺらな心のようなモノや道徳風情を身に纏うて生きるのではなく、我か俺か、同じものを見て共に泣き、笑い、喜び、怒る。その日々の感情、思考や思想という包括的な人間性全体で落語を、否、舞台での表現を行うのであって、落語大学が「感情感情、感情入ってない、どんな感情でしゃべっとんねん」とただ感情「のみ」に(のみと言っても過言ではない)集中して稽古していたのも、今になって、そのシステムに隠されていた壮大なスケールの企みや狙いに漸く気付いた次第である。
僕は本当に蛍光灯である。

終演。今日のメインはここから。ダットの如く会場を辞し、まつ梨を自宅でピックアップ。天寧を連れ、クレオにバレエのリハへ。放り込んで天寧を連れ打ち上げの会場へ。
天寧はつぼみおばちゃんと、かぼすお姉ちゃんとかにお任せして、乾杯のラッシュ。遅れてきた分は15分で取り戻す。
焼き炒めオムレツを二口で焼酎を一升ほどか。
すう。さまご亭主とお出会いのお計らいにご計画の深さを知る。

天寧、酔うた親の手を引き自宅に帰る。