第811回 あいきょう【愛嬌】

顔形・心持ち等が人に対していい感じを与えること。― 「学習国語新辞典」全訂第二版

以下は、円九君とすぅ。女史に、これで終わりにすることを望み書くものである。詳細は円九君の日記八月三十日の条「天狗の集まり」をご参照願う。
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(携帯の円九君の日記ブックマーク)

すぅ。女史をレスペクトして設定を少々拝借して前回の話に附する。

ダチョウ卵の超特大サンドを果たせなかった彼への謝意を込め、吉田は天下茶屋の場末にある「奈良前寿司ひゃうげん」に高貴なカンボジア人・ニッシャンダ氏を招待した。
奈良近郊で捕れた活きの良い珍味を食わせる店で、例えば、炊いて潰して練った南京餡が飯を覆い隠した「南京の悲劇」やほうれん草の軍艦巻「不審船ポパイ丸」等が評判だ。戒律に厳格なバラモンたちが夜な夜な集う精進の店である。
先ほど彼らが楽しんだ赤貝も、グルテンで模した「ダッチバレイ」という板長の新作だ。
お奨めを食べ尽くした彼らに女給がラストオーダを告げる。
彼らは人参焼酎ロックと奈良漬けを一皿頼むと、この日もう何度交わしたか解らない乾杯を再び交わす。
すると愛嬌のあるニッシャンダの顔から急に笑みが消えた。居ずまいを正し彼は言う。

「吉田さん、私があなたに近付いたのは理由がある」
「ニッシャンダ、一体どうしたんだ、藪から棒に」
「いや壁からく…、ハハハ、何でもありません。吉田さん、…あなたがプロの鵜飼いじゃないことはわかっている…」

その通りだった。彼は仕事の合間に鵜匠を演じる「社会人鵜飼い」だった。先日の長良川で開催された「社会人鵜飼い初代名人決定戦」を書類審査で落選している。

「そうだが、それがどうかしたか」
「吉田さん、私が調べた所では、あなたは…」

彼の調査に間違いはなかった。吉田は親の代から受け継いだ小さな特定郵便局の局長である。それを知った上でニッシャンダは彼に近付いたのであった。

「吉田さん、実は僕…」

彼は自分の身上を語り出す。曰く、彼はカンボジア政府逓信省のエージェントであった。彼は日本の郵政政策を細部にわたり調べていた。
しかし特定郵便局制度、殊にそれら局長の集まりの会がどんな活動をしているかを調査する―これが彼の今回のオペレーションなんだが―これを調べるために手土産持参で彼に近付いたのだ。

吉田はニッシャンダの熱意に感激した。そしてその詳細を話した。

「ある。確かに特定郵便局の局長の会はある。その名称は、」

ニッシャンダがゴクリと生唾を飲み込んで復唱した。彼のミッションが成就する瞬間だ。

「ふむ、その名称は」

「ニッシャンダ、それは『逓友会』だ」

吉田は酔うていた。呂律が少々回っていない。

「吉田さん、それは『霊友会』ですかっ!」
「バカか、それはインナートリップだ。宗教じゃない」

吉田は言い直す。

「いいか?よく聞け、『逓友会』だ、てー、い、う、か、い。解る?」
「店のザワメキが邪魔してわからない、吉田さん!前回に言ったのとちょっと違いますよ!酔っていますね」

「酔うか!違うことあるかいや、毎回おんなじや、変わったりせん。何ベンでも言うてやる」

吉田はニッシャンダの耳たぶを引っ張りあげるとささやいた。

「俺は同じことを…」

そして大きく深呼吸すると大音声で言い放った。

「毎回言うで、逓友会!」
(まいっかいいうでていうかい)

特定郵便局長の会を何というかは知りません。逓友会が実在するかも知りません。全てフィクションです。