第687回 ペアルック

午前、事務。
昼、パン一枚にバターと塩。
午後、認定講師講習。
岸和田へ南海に乗る。
僕は今年、妻が通販で買ってくれたオレンジ色の暖かいジャンバーを着ている。温い。気に入っているんだ。始発前の早朝の御堂筋を歩いても氷点ぎりぎりでもへっちゃらなんだ。
見ると向かいのシートの人が全く同じジャンバーを着ている。女性、齢五十代中ば、か。
恰も視姦するような目で細部に渡りデザインをまじまじと確認。合一。全く同じだ。向こうさんもじっくり僕の細部を点検している。彼女も確認が終わったようだ、視線が顔にきて目があった。
困ったことになった。反射的に会釈してしまった。向こうもはにかみながら会釈する。
「暖かいですねえ」
「ええ、裏地が、ね」
「ペアルック(死語)ですね」
「まあ!(恥じらい)」
冗談だよ。頬を紅潮させないでほしい。隣に移る。そこから無言もおかしいだろ。だいたいそれ以上話すことなんかないじゃないか。
仕方ないのでこのジャンバーのことだけで車中の残り時間十五分を持たせるのに難儀した。
最後には、「世界で、この世界で、このジャンバーを着ているのは、僕たち、そう僕たち二人だけなんですよ!」とまで言ってる自分に気が付いた。これ以上はヤバい。まあ十五分もたしたから良いだろう。
僕たちは岸和田で名残を惜しんで別れたのであった。