第448回 痰切りスズメ

 絶食。茶を少々。
 老人が多いので、昨夜は9時半に病棟が靜まりかへつてびつくりした。そんなに早く素面では眠れない。11時半頃までベッドでごそごそしてた。
 病院の朝は早い。午前4時半からおぢいさんおばあさん、軒竝み起きて廊下で朝の挨拶、世間話。元氣やん。5時からうがい手水に身を清めなさる。堪忍してくれよ。早すぎてこつちが病氣なるわ。
 「ゴ、ゴ、ゴゴゴゴルルルルルオオオオオオオオォォォォ…」
 洗面所からだ。巨大な風呂の放水時のやうなクグモつた音が響く。響きわたる。響き續ける。何だ、これは?地震か地響きか。寢床で意識を集中する。これは何とも男らしい、けたたましい痰きりの音だ。これを30回ばかり連續で(それも5:10amから15分のうちに)立て續けるおぢいさん。この方にはさすがに辟易とした。
 しかし僕はこの病棟の新參者であるし、だれも文句を言ふ氣配もなく、みんな普通に身支度を整へてなさる。まあ、今宵一泊すればおさらばなので我慢しようと布團を被つた。もうただただ痰を切られるがままに身を任せ、痰を切り刻まれ、もう痰を切つて切つて切り放題に切り倒された。おぢいさん、咽から血出るで。
 待望の夕食。飯、ふくさ卵、茄子の煮浸し、エビチリソース、パイナップル。茶ペット一本。