第353回 昭和仁侠傳

 昨日だ。淀屋橋で晝飯を食つた。
 次の待ち合はせ場所へ行かうとエスカレーターに乘らうとした時である。良則君が言つた。
 「あ、向かふからヤクザ來ますよ。危ないですよ」
 僕はその方向を一目見て、ニヤッと笑ひながら彼に小聲で言つた。
 「大丈夫や」
 僕はつかつかつかと近付くと、その肩で風切るヤクザと思しき男に聲を掛けた。
 「やん愚さん!」
 「あ、びくりした!おーお前何しとんねん」
 「やん愚さんこそどこ行きまんねん」
 何でも公會堂かどつかに行くらしい。
 「抗爭や!」
 確かにさう言つたやうに聞こえたが、文意からすると
 「講習や!」だらう。まぎらわしい。
 肩で風切つて、大阪の街へさわやかに消えて行つた。本當に色んなヤクザに會ふもんだ。