第231回 キュービック・ルーブ

 一年程前、ガチャガチャでルービックキューブが出た。娘が妻の實家にそれを持つて行つた時のことだ。
 年上なんだが義理の弟にあたる京大の大學院を出た秀才がゐる。僕の對極にゐるきつちりした男だ。彼に妙な癖があることに氣が付いた。どこに置いてゐても、どんなに亂してゐても、このルービックキューブ、朝には六面がキチッと全て揃つてゐるんだ。
 しばらくして彼の仕業とわかつた。別にいたづら心でやつてるのではないらしい。六面がちやんと揃つてないと落ち着かないらしいんだ。子供のおもちや箱を探し出してきて六面を揃へる。それも觸り出して二十秒程でシャカシャカと完成させるんだ。そして應接の机の上なんかに置いてある。
 ところがである。僕はそれが揃つてゐると、グチャグチャにしておかないと氣がすまない質だ。いたづら心でやるのではない。自分では一面をどうにか揃へることが出來るくらゐなんで、六面がちやんと揃つてゐるのは氣に食はないんだ。誰にも見られてゐないことを確認して手早く二十秒程でグチャグチャにする。
 いはばキューブを介して彼と僕の靜かな戰ひの樣相を呈してゐた。
 ある時、彼がキューブの整形を終へトイレに立つた。部屋には彼と二人だつたんだが、僕は我慢ができずにそのキューブを取り上げた。さあグチャグチャに…。
 その部屋に娘が入つてきた。彼女は僕をみた。僕が持つてゐたのは六面揃つてゐたキューブ。
 
 「あー、お父さん、キューブできるのですね」
 
 餘りに彼女の眼が輝いてゐたものだから、つい言つてしまつた。
 
 「あゝ、本當はできるよ」
 
 爾來、色々な理由をつけて囘避しながら今日まできたが、娘も智慧が付いてそろそれ感付き出した。もうダメだ。あとは義理弟の兄さんに郵送するか、粉々に破壞してしまふかしか路はない。
 
【陣中日誌兼戰鬪詳報】
朝、味噌汁、青汁。
晝、カツカレー。コヽ一番。
夜、白子飯、煮魚、菜つ葉の炊いたん、味噌汁。