第157回 ぶつ切りの素材が原因ではない。仕樣の設定に問題があるのだ

 水曜の夜、びんちようマグロ(ぶつ切り)を見つけた。冷凍庫でガッチガッチになつてゐた。
 「あなたが全然、家で食事をしてくださらないから…」と妻が潤んだ瞳で品を作つて、小指で僕の脇腹を擦る…、なんてことなどありえない。本を讀んだまゝ言ふ。
 「あるやろー」
 「ある/\、えゝかー」
 「どーぞー」
 「うひよー」
 解凍する。熱々の丼飯にのせる。卵を冷藏庫から出す。あつらー、四つ葉や、四つ葉の卵。え!いつもこんなへえ卵食つてんの?僕は食ふたことないよ、安つすい卵しか。
 レシピでは五個だつたな。新の六個パックから五個を取り出す。殘は一個。構はねえ、平素の敵討ちだ。
 卵を並べる。ズラッと五個を。第四師團の閲兵式さながらの壯觀さ。直立敬禮だ。
 先づは一つ目を割つてみる。白身は別皿へ。びんちようマグロ(ぶつ切り)の山の頂きに、大日本國領土の標柱よろしくソッと黄身を設置。唸る。
 「ぐわつはー、うまそー」
 良い卵だ。黄身濃く形が崩れない。僕は勇んで二つ目の卵を取り上げた。瞬間、何かゞ心をよぎる。
 「い、いかん」
 頭を振つて邪心を拂ふ。二つ目を割る。白身別皿。山頂に月面モノリスよろしく黄身が立つ。並んだ黄身逹。二つの圓らな瞳だ。未だ見ぬ將來の孫を想ひ浮かべる。
 「嗚呼(感嘆)」
 三つ目を取り上げた瞬間、頭の警報が鳴る。だめだ、卵を割れない。フリーズしてゐる。考へても見てくれ、卵ご飯に二つ以上の卵を使つたことが人生になひのだ。胸が痛くなる。
 「たがしかしレシピが…、でも贅澤だ…、割りたい、けど割れない」
 僕は卵を押し頂いて膝まづゐた。斷念した。一八兄の京都に向い手を合はし詫びる。
 氣を取り直し、ワサビを入れ醤油をかけた。葱が慾しい所だが記憶になひのでやめた。
 ザックザック混ぜた。やはり二つでも卵が多いわ。これ五つも入れたらどうなるのよ。にちやにちやよ。
 喰つた。まあ、うまい、うまいよ。でも、好きなもん言ひ合ふ席で胸張つて言ふほどのもんではないな。

 こんなもん僕の好きな「角屋の豚足」に比べたら。

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 これも胸張つて言ふほどのもんではない。
 
【陣中日誌兼戰鬪詳報】
朝、
晝、コヽ一番ポークカレー四百グラム二辛。
夜、秋刀魚二尾、餃子二個、酒二合。