第96回 轉んでもたゞ起きぬ

 下の娘がゐない。さつきまで僕の横にゐたんだ。大混雜の中だ。目を離したのは一秒あるかなしかの瞬間だ。
 慌てた。上の娘の手を引いて館内を走る、走る、走る。探す、探す、探す。脇腹を冷たい汗がつたふ。
 あゝ、えらいことをしでかしてしまつた。こんな人混みに子供を二人も連れてきた僕は、なんて馬鹿なことをしてしまつたんだ、と。
 ATCホール。トミカプラレール博。下の娘が好きなんだ、プラレール。僕もだが。
 もつと、他に行くところがあつたぢやないか。別にATCならポンペイ遺蹟展でもよかつたぢやないか。タヾ劵が有つたから來たゞけだ。
 あゝ、もう二度と會へないかも知れない。牛乳パックに探し人の廣告を載せないといけないかも知れない。大變なことになつてしまつた。
 すると、館内放送。初めての經驗だ。自分の娘の名が館内全體に響き渡る。呼んでゐるのだ、僕を。恐らく、泣き喚いてゐるのであらう。
 プラレールの迷子ブースに着いた。豫想に反して娘は笑つてゐた。ものすごく美しい、ゴージャスでキュートな、プラレールレディーに抱つこされてゐる。僕のタイプだ。ホッとして微笑んだ。プラレディーに微笑んだ。娘は兩手にクッキーを貰つて微笑んでゐた。みんな微笑んだ。
 
 プラレールを出た。しばらくするとまた下の娘がゐない。さつきまで僕の横にゐたんだ。ATCの内裝のデザインを見やうと天井を見てゐたんだ。目を離したのは一秒あるかなしかの瞬間だ。
 慌てた。またもや、上の娘の手を引いて館内を走る、走る、走る。探す、探す、探す。脇腹を冷たい汗がつたふ。
 あゝ、もう二度と會へないかも知れない。アメリカの靈能者に依頼しないといけないかも知れない。懸賞金も考へないといけない。圓建てかドル建てか、誰に聞いたらいゝのか。大變なことになつてしまつた。
 すると、館内放送。二囘目の經驗だ。自分の娘の名が館内全體に響き渡る。呼んでゐるのだ、僕を。恐らく、泣き喚いてゐるのであらう。
 ATCの迷子ブースに着いた。豫想通りに娘は笑つてゐた。ものすごく體格の良い、屈強で荒々しげな、ATCガードマンに抱つこされてゐる。僕のタイプだ。ホッとして微笑んだ。ATCガードマンに微笑んだ。
 娘は兩手に小さなクリームパンを貰つて微笑んでゐた。
 一つ食つてやつた。今度からは、誰もゐない廣い廣い野原に連れて行かうと心に決めた。
 
【陣中日誌】

朝、お鬻。
晝、おにぎり(7&i)。行動中に攜行食。寫眞なし。
夜、兄と新年會(南森町・をばちやんとこの向かひ中華)。小父貴合流。天神プロップ。後新地、おかずダイニング何たら。たこ燒きを大量に。