第1回 序に代えて

 この五月、誕生日を機に二十年間吸ひ続けたるタバコを辞めた。驚く事甚だしきは階段昇れど息切れぬ。夜更かしすれども目覚め良し。酒、鯨飲にして尻長となれど酩酊は良好かつ明朗。翌日に残らず歯磨き時の嘔吐なし。とにかく調子頗る良し。元気なり。
 突然に得たる健全なる身体。魔法や秘薬により十年の若返りを得たるが如き心持ちせり。無論、諸侯らご想像・ご期待の如く、我が健全となりし肉体は、其の若返りの故をば以て、煩悩と熱情を大量生産為し、哀れなり、我が妻、其の犠牲者と成り果つるらんと思ひきや、見よ、さに非ず!
 歓喜の声を上げよ!南無!そもさん、せつぱ!アッラーアクバル!
 飯が、飯が、美味いのだ。重ねて言ふ!たまらなく飯が美味いのだ。たとへ安価かつ質素なりとも関係なし。茶粥、水団、何でもござれだ。ヤニの薄皮が取れたのであらう、露わむき出しとなつた乙女が如き余の舌の味蕾は、日々の毎食事による刺戟を心待ちにし、咀嚼と共に快感曲線は尻跳ねして、ご馳走さまの合掌と同時にこの世界に生きる悦びに満たされ我は果つるなり。ハッレルーヤ!
 至福の極みなり。飯といふ物は、食事とは、かくも素晴らしき物でありきや!この二十年余りの喫煙時代、我は単に有機物を咀嚼咽下し消化排泄する筒に他ならず。タバコを吸はぬ者或いは未成年者らはこの感動をほしいまゝにしてをつたのか!嗚呼!
 高価なるものを食らふ要なく、美しき酌人も要らぬ。その辺にありふれた物を一食入魂、殘さず食べる。毎食、感謝感激しながらこの世の創造者を崇めたい。