第712回 立飲み

く、俺としたことが…。
痛い。血が拡がっていく。

まつ梨のせいだ。
次年度は保育園から幼稚園に転園する。
大好きで彼女が結婚すると息巻いているアキノリくんと六時からのオニギリを食べる約束をしていたそうだ(しらんがな)。

六時に走りに走ってお迎えに行くと「あと一時間遅く来て!アッキーとオニギリ食べるから」と泣いて地団駄を踏む。

六時を過ぎると二〇〇円アップするんだ。
糞、この経済状況激烈な中で何を言うのか!とも思うが、仕方ない、一時間、時間を潰すことにした。

寒かった。物凄く寒いんだが、前日が暖かかったので油断してオレンジジャンパーを持って来なかったんだ。

かじかむ手を息で暖めながら自転車で走っていると暖簾が見えた。
立飲み屋だ。寒さに耐えきれず飛込む。

初めての店。サッと値段をチェック。熱燗とカス汁を頼む。
隣のおじさんが
「にいちゃん初めてやな」と仁義を切ってくる。
「この店は何でもうまいよ、そこにあるヌタやなんか最高やで」

少々お酔いになられているが初回の僕に実に親切にしてくれる。

「はあ、なるほど、じゃあブリ焼いてよ、おばちゃん」
「ほなワシもブリ貰おかな」
「おっちゃん、ブリ二切れあるみたいやから一つどうでっせ、分け分けしましょや」
「かたじけない」

客はみな住之江競艇帰り、おっちゃん今日も負けたらしい。尼の女性レースやったという。

「兄ちゃん、またおいでな、ワシ市営住宅やから東加賀屋の兄ちゃんとこ近いな」
「また会いまひょ、混んできたしワシももう出ますわ」

勘定は千円、カス汁、ブリ照り焼き、熱燗三合。安い。
ホロ酔いだ。

まつ梨をピックアップ。
自宅。遅くなったんで手早くオムライスを作ることにした。
玉葱を急いで切っていてズバー、と。
身もろとも爪まで半分切った。
失神しそうになった。

本当にワシが研いだ包丁は良く切れる。

Fのキーが打てないんだ、痛くて。

子等はオムライス。
ワシは鯛の荒鍋、豆腐、ワンカップ二合。