第473回 半袖から

 朝、拔き。
 晝、さうめん二把。
 夜、ほつけ、生二杯、燒酎ロック二杯。
 毎日文化最終回。90分15名。
 
 マイミクに仕立て屋さんがいる。仕立て屋さんだ(前のが職業で後ろがミクシ上の名前)。彼はいろいろなことを教へてくれる。話題の盡きない面白い人だ。
 僕なんかは全く服に無頓着でそこら邊りにある物をひつつかんで着てゐるんだが、そこはやはり職業柄、先輩はいつもビシッと決めてをられる。
 十年ほど前であつたか。こんな話を聞いた。暑い、暑いと汗をかきながら僕が半袖カッターを着てゐた日に會つた。スーツを腕に掛けて、だ。すると、半袖カッターはやめた方がいい、といふ旨のお話をなさる。
曰く、英國紳士はスーツなどフォーマルな格好をするにおいて、二の腕まで露わにするのは禮儀に反するといふ考へ方がある、といふ趣旨だつたと思ふ(昔のことなんで間違へて記憶してゐるかも知れん)。また、スーツが汗で傷むといふ經濟的理由もあつたと思ふ。
 おら、日本人だべ、とも思ふが、信頼する先輩の言ふことだし、いつ英國の大金持ちから呼びつけられるかわからないので、爾來、半袖カッターを着たことがない。
 先日、會つたときも雜談の中で、あくまでも彼の私見と斷つた上で、次のやうな説を展開された。非常に興味深い話であつたので一項を分かつて記録する。曰く、西洋人にとつてワイシャツはシャツである。僕なんかはワイシャツの下にT-シャツを着てゐるが、西洋の映畫を見てゐると、素肌にカッターを着てゐるのが常で、下に福助ユニクロのT-シャツを着てるのをあまり見かけない。「摩天樓はバラ色に」でもジョーンズ博士も裸にカッターだ。
 下着を着ないとベタベタして氣色惡ないか?とか、乳首こすれて痛たないか?とか思ふんだが、ともかく裸カッター(ちよつと裸エプロンぽくていいな)だ。さう、彼ら西洋人にとつて、ワイシャツはシャツ、すなはち下着扱ひの可能性すらあるのではないか、と彼は考へてゐる。だから人前でバタバタとスーツを脱ぐべきではないし、暑くて脱いだとしても下着一挺にならないやうに、三つぞろえのチョッキみたいなん(本名をなんといふかは知らん)を着る文化があると考へてみるとわかりやすいと假定してをられた。
 なるほど興味深い假説で面白い。しかしさう考へると、日本で皆がこぞつて取り組む「クールビズ」なんて英國乙女からしたら偉いことになりはしないか。梅田の街中や難波の交叉點。トランクスにハッピ一枚でゴザを持つて學内を闊歩した往年のミスター落語大學たちの姿か、あるいはフンドシにシミーズ姿の雜誌サブ顔負けの破廉恥な癡態に見えてゐるのか!嗚呼!露出狂の末席を汚す者として、想像しグビリと生唾を飲んだ次第である。